五十嵐顕考察4 教育費を考える3

 五十嵐氏の教育費分類の2番目が、「社会的に組織された教育費」である。
 正直なところ、氏の「社会的に組織された教育費」という概念は、理解が難しい。それは、概念的な分類と歴史的な位置づけとが重なり合っているからである。
 特定の階級による教育費が、氏のいう「社会的に組織された教育費」であるが、これが、国家が関与するようになると「国家的に組織される教育費」つまり「教育財政」として扱われることになる。
 具体的に、あげられている「社会的に組織された教育費」としては、
・アメリカの town school, district school, イギリスの parish school
だが、これは、地域に限定された学校で、かつそれが国家的制度に組み入れられる前の形とされる。このような地域に限定された学校、しかも階級的性質を帯びているとされる学校を、様々な地域、国の状況を踏まえつつ、ひとつの概念にまとめることは、かなり混乱を招くように思われる。

 
 日本やヨーロッパの中世・近世の地域の学校と、アメリカとでは階級的状況が無視できないほどに異なる。日本やヨーロッパは、明確に階級社会であり、かつ宗教が直接地域住民の生活、教育に関与していたが、アメリカは、移民によって成立した国家だから、やってきた移民が集住して生活しており、階級分化とはいいがたい面もあった。ある地域の住民、多くはともに移民してきた人々やその子孫であったひとたちが、自治的に地域の指導者を選び、学校が必要であると感じれば、教師を雇い、その費用を相談の上負担した。おそらく地域指導者や行政費用と、教師を雇う費用の負担形態は違ったと思われる。自分の子どもに、雇われた教師に教育を委託する意思のない住民もいただろう。そういう場合は、払わないことも認められたはずである。しかし、より進んだ形で、住民に学校に通うことを義務付けた地域も存在する。そうした場合は、税負担のようになったはずである。不動産税が教育税となった地域が多数存在し、それが、教育委員会の財政となっていく。
 他方、ヨーロッパや日本においては、階級的支配の機構として、宗教組織が機能しており、そのなかに教育も含まれていた。ヨーロッパでは教会が学校を設立運営していたし、また日本においても、江戸時代まで、寺院が最も有力な教育組織であった。寺院は、ヨーロッパでも日本でも、所領を有していたから、そこからの税で学校も運営されていた。(延暦寺等)
 しかし、江戸時代の寺子屋は、寺で行なわれていたとしても、寺の領地からの税で運営されていたわけではなく、通う寺子たちの謝礼によって成り立っていた場合が多いようだ。従って、個別分散的な教育費だった。しかし、町民や農民の子弟のための教育機関であり、かなり広範囲な社会階層に開かれていた。つまり、例えばparish school を社会的に組織された教育費の典型としてあげ、それは「社会的に組織された教育費」は階級的なものであった、というのは、多少無理があるように思われるのである。
 
 次の五十嵐氏の表現は、基本的に社会的に組織された教育費は、過渡的性質のものであると理解される。
「地域社会における教育費の組織が主要な形態となるのは、現行学校法が示しているように、国家教育費の構成要素として地方(公)教育費が国家制度となるときである。」
 そして、次の4つの課題が示される。
1 社会的に組織される教育費と身分制学校との関連
2 Robert Owen の学校における重要なる特質–個別的教育費の発現を不必要とする社会的(に組織された)教育費は教育費の源泉に対して示唆的である。
3 A. C. Stewart, Progressives and Radicals in English Education の教育費
4 農民ととしの職人の子弟の教育費の問題 apprenticeshipの場合 
 
1について
 学校が階級及び身分の区別なく、すべて階級、身分が同一の学校種で学ぶようになったのは、近代の義務教育、しかも、統一学校が実現してからのことである。そのときには、基本的に身分は制度的に解消されているので、この時点では、社会的に組織された教育費は、国家教育費に発展的に解消されていると、五十嵐論ではなると思われる。
 では、2のロバート・オーウェンの学校を、そうした過渡的なものと考えてよいだろうか。つまり、現代では、社会的に組織された教育費は、ほとんど解消されている、と。 
 私は、ロバート・オーウェン型の学校は、現在の企業内教育に発展していると考えている。オーウェンの学校は、雇用されている労働者の子弟を教育したものだが、当然工場で働くことが想定され、その労働力の質を確保する目的もあった。
 徒弟制は、社会的に広範に組織されていれば、個別的支払いと受領の形態を超えて、社会的に組織された教育費をもつといえるのではないだろうか。
 
     支払う人 教える人の経費  学習者         教育形態
個別的  個人   個人の支払う分  支払う個人かその子弟  寺子屋・学習塾
                               ・家庭教師
 
社会的  個人   組織負担     組織に属する人     企業内教育・スポンサー
                               のあるクラブ徒弟制等
 
国家的  全住民(税) 国家・自治体  義務教育(全員)   学校・国家による研修
                    義務教育以外(希望し、
                    許可された者)
 
 これらに、それぞれ、支払う目的、学習をする目的、学習者の選定・範囲、教育費と教育形態の関連等々が、整理される必要がある。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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