アバドのコンプリートをめぐって

(昨日書いてアップを忘れていた文です)
 数年前、ネット上の友人は、好きな指揮者としてフルトヴェングラー・ムラビンスキー・クライバーをあげた。それに対して、返答として、私はワルター・カラヤン・アバドをあげた。はっきりした好みの差だ。友人は、おそらく音楽を深く沈潜するような聴き方をするに違いない。音楽は単なる快楽ではなく、精神的な要素がある、と。しかし、私は、音楽に関しては、まったく快楽派なので、音楽は、楽しく美しいのがよいと思っている。そういうなかで、最もセンスのよい快楽派が上記3人だ。もっとも、ワルターもカラヤンもアバドも、単に音楽は美しければよい、と考えているわけではないと反論する人もいるかも知れないが、少なくともいわゆる「精神派」でないことはたしかだ。

 そういう好みもあって、この3人については、正規録音は可能な限りすべて入手することにしていた。ワルターは、コンプリートのあとにでたSACDはさすがに買わなかったが、これまで何度かでたワルター全集(選集)はすべて購入した。カラヤンも同様だ。だが、アバドに関しては、コンプリートはでないと思っていた。しかし、カラヤンと同様のものが発売されることになって、少々ショックを受けた。これまで、いくつかのボックスがだされ、そのうち半分は購入していたから、どれだけ重なっているかを調べて、もう少し安ければ購入しようとも思ったが、3分の2ほどは既に別のボックスや単体でもっており、しかも、値段が10万を超えるものだ。この値段にショックを受けた人もけっこういたようだ。
 それにしても、販売戦略も購入者を絞りあげるような雰囲気があることも不快だった。カラヤンの場合は、60年代、70年代、80年代、そしてオペラのボックスがでて、その集大成がコンプリートで330枚で約10万だった。そのほかにも、交響曲集とか、リヒャルト・シュトラウス集などの単体もあったか、前の4つを買えば、コンプリートを買う必要はなかった。しかし、アバドの場合は、交響曲、シカゴ、ウィーン、ベルリン、ロンドン、オペラというボックスがでているが、このどれにも漏れているのがある。たとえば、ミラノでのヴェルディのレクイエムだ。まだもっていないウィーンとベルリン、シカゴと、レクイエムは単体で買えば、コンプリートは不要と思ったのだが、ベルリンは既に発売されておらず、入手不可能であることがわかった。より古いシカゴやウィーンはあるのに。まるで、コンプリート購入に誘導するような印象すらおきた。それに、アバド、ベルリンフィルによる第一回のベートーヴェン交響曲全集は、ベルリンセットにも、コンプリートにも入っていないのだ。これか購買意欲を共に削いだ。
 
 最近のCD業界(クラシック)は、往年の大演奏家の集大成的なボックスに頼っているような気がする。ベルリン・フィルやシカゴなどのメジャーオーケストラは、自前のCD制作会社をもち、大手のレコーディング企業は、極端に新譜が減っている。新譜自体の数は減っていないように思われるが、メジャーとはいえないオーケストラが比較的小さな企業で録音している。メジャーレーベルがしきりに過去の録音のボックスをだすのも、自社で売れるスターを抱えることができなくなっているのだろうか。これが音楽界全体の発展なのか、衰退なのか、実はよく分からない。
 
 ということで、結局コンプリートを購入するより、spotify に入るほうが、他のものも聴けるし、ずっと安上がりなのではないかと思い、結局、入会した。そして、ソニーのブルーレイデッキは、spotifyを聴くことができるので、ステレオ装置を使える。最初は、デッキから直接接続できるのかと思ったら、スマホのアプリを通さなければならず、そして接続に少々手間どってしまったが、無事接続され、最初に五嶋緑のベートーヴェンの協奏曲を今聴きながら、このブログを書いている。
 今後CDを購入することは、まずなくなるだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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