では、このアンケートは、いじめの早期発見・早期解決に役にたつのだろうか。このアンケートの国家的元締めともいえる「国立教育政策研究所」の文書を読むと、そもそも、早期発見・早期解決は、アンケートの目的ではないと書かれているのである。
教育政策研究所の「生徒指導リーフ」
被害者や加害者の発見が目的ではない 誰が被害者か加害者かとは関係なく、いじめがどの程度起きているのかを定期 的に把握し、いじめが起きにくくなるような取組を意図的 ・ 計画的に行って、 その取組の成果を評価し改善するために「無記名式アンケート」を実施します。
・「早期発見」に役立てようと「記名式アンケート」を行っても、多くは「手遅れ」の 事例になります。なぜなら、いじめアンケートで得られる回答の多くは、過去 ( 年 度初めや夏休み開け以降などの一定期間 ) の経験だからです。
・現在進行中で、深刻な事例(第三者に相談できないようなもの)であるほど、「記名 式アンケート」には回答しづらいものです。記名式アンケートで訴えが出てきた事 例に対応していけばよい、といった姿勢では、深刻な事例ほど見落としかねません。
・いじめアンケートを実施する目的は、過去の経験率を知ること、そして今後どの程 度に起こりそうかを知ることにあります。そのためには、より正確な回答が得られ やすい「無記名式アンケート」を用いることが一番です。
つまり、早期発見早期解決ではなく、いじめの傾向性の調査だというわけである。だから、国立教育政策研究所は、「無記名アンケート」を推奨している。現場の先生たちは、このことを知っているのだろうか。おそらく校長たちも知らないのではなかろうか。
アンケートの7割は記名方式であり、「何故か」と現場の教師に質問すると、「校長からの指示だから、選択の余地はない」と回答したという。
まとめ
再度いじめ対策の基本を確認しておこう。
いじめを解決する、あるいは、いじめが起きないような学級指導をする上で、重要なことはふたつある。
第一に、教師自身の「いじめをゆるさない」という価値観をしっかりと確立することである。報道によっても、また、学生たちの経験を踏まえても、教師自身が、消極的あるいは積極的にいじめに加担することは、少なくないのである。教師は、子どもに対しては、圧倒的に有利な立場ある。「子ども目線」と学生はよくいうのだが、実行するのは難しい。「子ども目線ってどういうことか」と質問しても、きちんと答えられる学生は、ほとんどいなかった。教師は、ほとんどの場合、優等生が好きなのだ。優等生は嫌いだ、みんなからいつも排除され、馬鹿にされている子どものほうが好きだと、本気で感じている教師は、極めて稀だろう。自分が教えたことを、すぐに理解してくれ、積極的に自分の働きかけに応じてくれる優等生を、より重視することを、してはいけないといっても難しいだろう。できる子はよい子で、できない子はだめな子、という感覚から脱却することは本当に難しいのだ。とすると、何気ない表情などが、だめな子と教師が思っている者への否定的感情として現われ、それがいじめの加害者に伝達される。だから、教師への「教育」も必要なのだ。
第二に、先にも書いたように、子どもへの平等な感覚をもっている教師でも、また、子どもの変化に鋭敏に気づく教師でも、現在のようなブラック企業さながらの忙しい中では、必要で充分な対応をとることは難しい。普段から子どもとコミュニケーションし、普段の子どもの様子を知っていないと、変化に気づくことはできない。また、日常的な対応がない教師を、子どもが信頼することはまずない。信頼がない教師が、いじめの解決を子どもたちに働きかけても、説得力がないだろう。
だからいじめの早期発見に一番必要なのは、教師が子どもたちと日常的に充分なコミュニケーションをもてることなのである。
そして、早期解決に一番大切なのは、子どもと教師の信頼関係が築かれていることである。
以上のことを充分に満たすには、教師自身が「学ぶ」こと、特に子どもから学ぶこと、そして、充分な時間的ゆとりが不可欠なのである。
アンケートの実施と集計に多大な時間とエネルギーを使い、何かあれば早期に対応しなければならないと、指導されているのに、大元締めが、早期発見と早期解決はそもそも意図してないと説明しているものを、実施する必要があるのだろうか。調査なら年一回で充分だろう。早期発見、早期解決には、まったく異なる要素が必要なのである。端的にいえば、子どもと親からの教師への信頼感であり、コミュニケーションを充分にとる時間的余裕なのである。