朝日デジタルに、ウクライナ戦争に関連して、ローマ教皇が民族差別発言をしたという記事が掲載されている。
「「ローマ教皇、ロシア軍の少数民族「最も残忍」 ロシア「歪曲」と反発」」(朝日デジタル2022.11.30)
11月発行のアメリカのカトリック雑誌に掲載されたとだけ書いてあるので、Press Display で探したが、見つからなかった。更に検索していくと、どうやら、朝日の記事元は、ガーディアンらしいことがわかった。以下の記事だ。
‘Racist’ interview with Pope Francis causes fury in Russia’ (The Guardian 2022.11.29)
教皇がインタビューで語ったとされる内容だが、言っていることは単純で、ロシアのウクライナ侵攻で、最も残虐な行為をしているのは、ブリヤート人とチェチェン人だということだ。ブリヤート人は仏教徒であり、チェチェン人はイスラム教徒だ。だから、キリスト教徒より残忍だといいたいらしい。
直ちにロシア外務省やブリヤート共和国から反論があった。民族で差別する発言を非難する趣旨だ。詳しいことは、記事を参照してほしいが、要するに、教皇はキリスト教徒以外の民族は残虐だと非難し、言われたブリヤートやロシアは、それは民族差別意識だと反論している。チェチェンはあまり反応していないようだ。
この応酬はすべてが、おかしなことを言っている。
教皇の発言も、明らかに民族的・宗教的偏見に満ちている。ロシアは国家として、ウクライナを侵略しているのであって、侵略そのものが残虐行為であり、更に、国際法で禁じられている各種犯罪行為をさかんに、かつ意図的に行っている。特定の民族が、民族全体として残虐というのは、事実に反するだろう。民族内で個人差もあるだろうし、戦争行為の性格から生じる、弁解の余地のない残虐さが、ロシア軍全体にあるというべきだ。
ロシアの反論は、ギャグというべきものだ。朝日は、ロシア外務省報道官が「ロシア嫌いでなく歪曲だ」とSNSに投稿したとだけ紹介しているが、ガーディアンでは、以下のように投稿されたと書いている。
「我々は、ブリヤート、チェチェンそして、多くの民族、多くの宗教の国のひとつの家族なのだ。・・・ロシアは、プーチンの下で、すべての民族とともに帝国戦争を闘っているのだ。」
教皇に対する反論であるとすると、ロシアを構成するすべての民族が、ひとつの家族であるとするなら、すべての民族が残虐である、そこに差などない、と言っているようなものだ。しかも、ロシア正教会が最も強力な支援者であるとまで、ロシア報道官は述べているのだから、ロシア人はともかく、他国の人々は、ロシア正教会も残忍であることを認めているのだ、と解釈するだろう。
注目すべきは、ロシアもブリヤートもチェチェンも、自分たちは、残虐行為などしていない、人道的に戦争をしている、などということは、さすがに言っていないことだ。残虐行為は認めざるをえないのだろう。
朝日は書いていないが、ガーディアンには続きの見のがせない記述がある。教皇フランシスコは、ロシアのウクライナ侵略が始まった当初から、ロシアの侵略を喚起したのはNATOであると述べていたというのである。そして、特にプーチンを非難することはなかったと指摘している。それに対して、教皇は、プーチンのことは誰もが知っていることで、特に特定して非難しなくてもわかっているではないか、という弁明をしているというのだ。もちろん、記事は、それを批判的に紹介している。
私も、NATO、特にアメリカが挑発的に行動したことは、ずっと指摘してきたし、間違いではない。しかし、だからといって、ロシアが他国を侵略していいはずがない。そこをあいまいにしているのは、ロシアが異なる宗派だとしても、キリスト教国家だからということなのだろうか。
民族意識に過度に拘ること、宗教的偏見の、おぞましさを示したやりとりだと思う。