教師の定年65歳にという問題

 教師をしている人から、教師の定年が65歳になったが、自分はとてもそんな年齢まで教師を続ける気になれない、絶対にやめてやるという話を聞かされた。もちろん、まだ65歳になったわけではなく、これから段階的になっていくという話だが、その人はまだ30代だから、自分にとっては定年が65歳だ、ということだろう。私の予想では、30年後のことだから、定年などという制度がなくなっているかも知れないとは思うのだが、たしかに65歳定年は確実にみえている。
 当然様々な議論がある。特に現在の小中学校は、ブラック職場としての評価が定着してしまい、教師志望者自体が減少しているから、単に、高齢者福祉だけではなく、教師自体の確保という点でも、定年延長は喫緊の課題なのである。年金受給年齢の引き上げの関係から、定年後の再雇用も、希望すればほぼ確実に再雇用されるようになっているのは、教師不足もあるからだ。

 教師不足の原因は、当然あまりに酷い過重労働が一般化しているからだが、このことは、定年を延長して、高齢になっても働ける機会を提供しても、本当に高齢の教師が、その職務を果たせるのかというのは、本人にとっても深刻な問いになっている。先述した教師も、既にそのことを心配しているわけだ。そして、現在の学校の制度を前提に考えれば、高齢になって、通常の教師の仕事を満足に果たすことは、極めて困難であるといわざるをえない一方、高齢者の年金問題を解決するためには、労働期間を長くすることは不可欠である。
 元来、日本人の労働期間は長く、早くからリタイアするヨーロッパ人などより、平均的にずっと長く働き続ける傾向があった。日本人は労働が好きなのだとか、あるいは老後が貧しいから働かざるをえないのだなど、いろいろなことか言われたが、私は、長く働くことは心身にとっていいことだと思っているから、定年などという制度で強制的に労働世界から追い出すことは、間違っているとずっと考えてきた。アメリカでは、定年は年齢による差別だという考えがあり、テニュアを取得した大学教師には定年がない。おそらく、定年がない職種は他にもあるだろう。もちろん、高齢になれば、労働といっても、若いころに比べれば、様々な衰えが生じ、若いひとたちと同じことはできないから、適切な仕事量と内容を考慮する必要はある。しかし、高齢になれば、生活にかかるコストも少なくなるから、給与は低くても問題ない。従って、仕事内容を考慮することによって、いつまでも働き続けられるシステムにすることが、高齢化社会の、ほとんど唯一の正しい解決法である。
 
 とはいうものの、それはやさしいことではない。それを学校で考えてみよう。
 教職が、極めて重労働であることは、今日では多くの人に認識されているが、実はそれは「すべての教師」にとって当てはまるわけではない。実は、教職は、適当にさぼりながらやろうと思えば、楽にこなすことができる職業でもあるのだ。実際にそうしている教師も、少ないながら存在している。けっしてさぼっているとはいえないが、実際の話として聞いた例では、確実に5時に帰宅してしまう教師がいた。もちろん、若干のしわ寄せが周囲に及ぶのだが、その教師は、とりあえず必要な仕事はこなしていたそうだ。ただ、さぼっているわけではなく、親の介護のために、5時に帰宅していたということだ。このことは、5時に帰ることも、周囲の視線を気にしなければ可能であることがわかる。例えば、子どもを惹きつける授業をするためには、多くの時間を割いて準備をする必要がある。しかし、授業をとにかくこなすだけなら、新任教師でなければ、準備などいらない。大学の教師だって、前年と同じ授業で済ますなら、準備なしに90分話すことは、難しいことではない。だから、小中学校の教師も、授業準備はせず、宿題もあまりださず、だしたとしても、チェックは提出有無だけにする、必要最低限のことしかやらなければ、5時帰宅、アフターファイブを私的に使っても、仕事はまわっていくのである。
 だが、それでは、確実に教育の質は低下していく。授業はつまらないものになり、子どもたちの力はつかない。だから、多くの教師は、生活指導も含めてしっかり指導して、授業準備もできるだけ行おうと努力し、提出物のチェックも丁寧に行い、それ以外の校務分掌や報告書作成に時間をとられて、健康を害してしまう教師が続出するのである。そして、そういう状況の勤務形態を、高齢者になっても続けるのは、ほとんど不可能だろう。
 
 高齢者も継続して働くことが可能であるような労働形態になれば、全体として、ブラック職場である過重労働から解放され、十分な授業準備が可能になって、教育の質も高まるだろう。これまで何度か書いてきたことだが、もう一度そのための条件を考察してみたい。(つづく)

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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