何をしたいのかわからないのは、岸田首相だけか

 岸田首相に対する批判は、いろいろとあるが、「首相として何をやりたいのかわからない」というのがある。たとえば、白井聡氏による「背後に隠れているエースの専制、岸田政権を総括する」である。
 題名は「背後に隠れている」となっているが、本文を読むと、隠しもしないで「財務官僚」の専制になっているという趣旨だ。そして、そのなかで、「何をやりたいのか」わからないことが指摘されている。
 自民党の二世・三世議員が、首相をめざすのは、明快な理由がある。「首相でいること」自体が目標であり、その前は、「議員でいることが目的」であった。彼らは、父親の地盤を引き継ぐことが目的であり、そのことによって、何を実現したいかは、問われたことがないのではないだろうか。その典型が安倍元首相だった。安倍首相の「お友達優遇」政治は、お友達こそ、自身の政治的地位保全のために役立つ存在だから優遇する。逆に、自分に刃向かう者は、党内での実力ある政治家であっても、排除する。(現職議員であるが、安倍首相に辛辣の発言をしていた溝手顕正を落とすために、河合案里を立候補させ、更に巨額な資金を河合陣営に注入して、河合克之法務大臣を巻き込む汚職事件が典型)

 そして、自らの総裁選に勝ち抜くため、そして、国政選挙のために、日本を貶めることが目的である統一教会と協力する。これらは、すべて、首相であること、そして、最長記録を建てることが目的であったといわざるをえない。最長の首相であったのに、なし遂げた政治的実績は、実は皆無に近い。
 日本の戦後の首相で、その実績に賛成するかどうかは、各人の判断が分かれるだろうが、かなた先の歴史書に実績として明記されるようなことをなし遂げた首相は、私の見る限り、池田勇人(高度成長政策)、田中角栄(日中国交正常化)、中曽根康弘(民営化)くらいであるが、彼らはいずれも世襲議員ではない。岸信介(安保条約改定)、佐藤栄作(沖縄返還)を加えても、やは、彼らは世襲ではなかった。世襲議員の首相として、記憶されるかも知れない業績を残したのは、小泉純一郎氏(郵政民営化と拉致被害者5人の帰国)くらいだろう。
 結局、世襲議員は、家の存続のために議員となったのであり、議員であり続けるために、可能であれば、首相に上り詰めるのが、ベストであると考えるのだろう。彼らに、首相として、日本をどうするのかと問うても、出発からそうした問いには無縁なのだから、それに答えるのは無理だというのが、実態ではないだろうか。
 
 岸田氏は、最終的には、その座を奪い取ったといえるが、それまでは、ひたすら安倍氏からの禅譲を期待していた。首相になること、首相でいることが目的なのだから、禅譲を期待することほど、弱腰の姿勢はない。政治家であれば、追い落して、首相の地位を奪い取るものだろう。少なくともその意思をもって活動するだろう。最後にそういう姿勢を示したのは、結局禅譲されることなく、菅氏に奪われた結果、禅譲という夢を捨てざるをえなくなっただけで、首相になってやりたいことが明確になったから、奪いとったわけでもない。だから、「新しい資本主義」などという、ほとんど誰にもわからなかったらしい「お題目」を並べてみたに過ぎない。
 自民党支持者でもない私は、特別岸田首相に期待していないが、それでも、日本のためにいいことを実行してほしいとは思っている。私が希望し、かつ、それを実現したら、支持率があがるのではないかと思われることをあげておこう。(やってほしいことで、支持率向上となると予想されることをまとめてみた)
 第一には、統一教会問題の解決である。何か、矮小な問題にいつまで拘っているのかという、特に右派コメンテーターの苦言があるが、統一教会問題とは、自民党だけではない、関係した議員が含まれた政党も含めて、日本の政治状況の深い問題なのである。多くの議員が、統一教会の本当の姿を知らずに、つまりよく調べもせずに、選挙のために協力関係を結んでいるという、政治意識の低さというより、欠如を示している。しかも、自民党議員のかなりの部分が関係しているのだからは、自民党という政党が、政治家としての不可欠の資質を欠いている。つまり、実現すべき政策などより、議員になることが目標という典型である。
 すべきことは、岸田首相が、徹底的に統一教会排除を進め、統一教会がこれまでのように、日本で資金集めをできないように、宗教法人としての解散を強力に求めていくことである。いくらでも統一教会の違法行為はそろっているし、これまでの判決でも認定されているのだから、内閣が解散させる姿勢を明確にすれば、裁判所はそれを認めるだろう。そして、それを実現させれば、岸田首相の支持率はかなりあがるのではないだろうか。本当は、宗教法人全体への非課税措置の撤廃に踏み込むべきであるが、それは期待するのは無理というものだ。ただ、財務相内閣といわれる岸田政権であれば、宗教法人への課税は、財務相は喜んで進めようとするのではないかとは思うのだが。
 
 第二に、北朝鮮による拉致問題である。
 小倉健一氏は、「「拉致は最重要課題」なのに“北朝鮮の重要シグナル”に全く動かない岸田首相」において、北朝鮮は交渉可能のシグナルを送っているのに、岸田首相がまったく動きをみせていないことを批判している。
 もっとも、北朝鮮との交渉は、通常まったく秘密の事務的交渉のあとで、トップによる会談で行われるのが、だいたいの成功パターンとすれば、岸田首相も、既に水面下で交渉を進めているのかも知れないとは思うが。
 私は、北朝鮮が日本との交渉を求めている可能性は高いと思っている。それは、現在の北朝鮮が、本当に経済的に困っているからである。韓国が、北朝鮮よりの文政権から、対決色の強い尹政権に代わったこと、近年自然災害が続き、農業がかなり深刻な被害を受けていること、コロナ対策として貿易すら制限し、極端な物資不足に見舞われていること、そして、経済制裁が継続していること、などによって、これまでは保持されてきた平壌内の食料事情すら、危うくなっているといわれている。北朝鮮が、これまで西側の国と対決姿勢を変えて、妥協的な取引をしたのは、経済がかなり危機的になっていて、それを是正させるためだったことが多い。現在は、そういう状況に、北朝鮮は陥っている。したがって、日本側からの経済協力と引き換えに、拉致被害者の帰国を少しでも実現したら、支持率上昇は必至である。
 しかし、では何故安倍内閣も、菅内閣も、そして、これまでの岸田内閣も、口先では重要だといいながら、拉致問題の解決のために、具体的には動かなかったのだろうか。間違っているかも知れないが、私の推察は以下の通りである。
・日本政府は、拉致被害者は、北朝鮮のいうように、亡くなっていると考えている。実際に亡くなっているかは、一般の日本人は知る由もないが、政府関係者は、なんらかの情報をえている可能性はある。亡くなっていれば、拉致問題の解決はありえなくなり、むしろ、拉致問題は最重要課題だとアドバルーンをあげ続けるほうが、支持をえやすく、楽である。しかし、本当に亡くなっているかは、やはりわからないのであり、生存している被害者がいる可能性は、決して低くないと思われる。もし、生存者がいれば、北朝鮮は、日本からの経済協力をえるために、事実を提示するに違いない。
・北朝鮮を敵国として想定しておいたほうが、日本国内の政治活動がやりやすく、自民党支持層の理解をえやすい。そのためには、拉致問題は解決しないほうがよいと考えている。安倍首相にとっては、この可能性を考えるが、岸田首相は、解決によって支持をえる方向に転換すべきであろう。
・北朝鮮に対しては、経済制裁をしている。したがって、拉致問題の解決と引き換えに、経済協力をすることは、国際的な制裁を破ることになり、日本政府としては、とりえないと考えている。これは、アメリカからも釘を刺されている可能性がある。
 アメリカを説得して、拉致問題を解決する限りにおいて、経済協力を特定の分野において認めさせることができれば、それだけでも、支持率上昇になるかも知れない。しかし、北朝鮮を徹底的に敵対視したい勢力からの批判は強くなるに違いない。
 
 岸田首相の実効力については、疑問の声が強いが、国民のためになることは、実現してほしいものだ。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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