死んだ安全保障理事会をどう再生させるのか プーチン退場後のロシア

 ウクライナ戦争の終了の形がどうなるかは、まだ未確定であるが、何を準備しなければならないかは、ある程度明確である。国際組織の創設には、長い準備期間が必要となる。国際連合は、1945年に発足したが、その準備は1941年の太西洋憲章にまで遡る。それは、国際連盟が第一次世界大戦後、特にナチス政権が登場してから、国際問題の処理がほとんどできなくなり、無力化した反省を踏まえて、長い準備過程を経て成立したものである。レーニンは、「第二インターは死んだ」として、コミンテルンを創設したように、実質的に死んだ国際連盟に変わって、連合国が国際連合を創設したのだが、現在でも、国際連合は実働しているとはいえ、中心的な安全保障理事会は死んだも同然であろう。
 常任理事国であるロシアが、国連憲章が禁ずる行為を公然として行い、国際連合加盟国の大多数の見解が非難をするような状況であるのに、ロシアが拒否権を行使するために、国連としての対応が不可能になっている現状は、「安全保障理事会は死んだ」というべきである。安全保障理事会そのものを撤廃する選択もあるが、ロシア一国が、傍若無人に振る舞っているのだから、ロシアを排除することによって、理事会の再生を図るのが、まずはベストの選択だろう。その件について考えてみるが、そのためには、ウクライナ戦争の終結の仕方を考えねばならない。

 
 ウクライナや欧米は、プーチン、そして、戦後のロシアがどうなるのことを望んでいるのだろうか。
 最も穏健なひとたちは、プーチンをあまり追い詰めると核を使うので、追い詰めすぎないように、停戦に応じさせるという。しかし、プーチンを追い詰めると核を使うと考えて停戦を主張する人たちは、ウクライナの占領地帯をロシア領として、事実上認める前提での停戦を考えている。そのようなことを、ウクライナが認めるはずがないし、実際に拒否している。ゼレンスキーは、交渉相手はプーチンではないと断言している。もちろん、ゼレンスキーが暗殺されて、ウクライナが混乱し、そうした停戦案に至る可能性が、皆無ではないだろう。キーウの爆撃や爆発が何度も起きているから、プーチンがゼレンスキー暗殺を試みていることは間違いない。
 あるいは、アメリカの中間選挙で共和党が大勝し、トランプ勢力が、バイデンのウクライナ援助を妨害するようになって、アメリカからの支援が行われなくなり、ウクライナが屈してしまう可能性がゼロではないことは、忘れないようにしよう。しかし、そんなことになったら、アメリカの国際的信用は地に落ちる危険がある。そして、最悪の場合、ウクライナがロシアに占領されることもないとはいえない。
 
 逆に、ゼレンスキー及びバイデン政権が最低限考えていることは、ロシアが占領しているウクライナの地域から、完全に撤退して、今後ウクライナへの侵攻をしないことを、何らかの条件をつけて確約させることだろう。その地域にクリミア半島が入るかどうかについては、多少の違いはあるかも知れないが、アメリカは、クリミア半島をウクライナに返還することを、想定しているように思われる。
 しかし、このことをプーチンが受け入れる可能性はない。これが実現するのは、プーチンが失脚するか、暗殺される場合だけなのではないだろうか。プーチンが排除され、ロシア軍の統率がとれなくなって、ロシア兵がロシアに逃走して、事実上占領が解除されるということだ。
 すると、その後の可能性はいくつかある。
 
・ロシア兵が逃走を始めたと同時に、ロシアで、より強硬派が政権をとって、総動員体制をとり、なんとか戦争を挽回しようと試みる。この場合、ウクライナは徹底抗戦を続けるし、NATOもそれを支持せざるをえないだろう。現在の戦争の継続である。
 
・あらたな独裁的国家が生まれる。
 プーチンが失脚ないし暗殺され、別の大統領が登場するが、強硬策は不可能とみて、欧米との協調を模索する。そして、現在の占領地域のいくつを放棄し、停戦を探ろうとする。一番ありうるのは、クリミアのみロシア領として確保し、残りの4州からは撤退する。あるいは、クリミアと、独立宣言した共和国のみをロシア領として確保し、あとは撤退する。その条件で停戦しようとする場合、EU内部で分裂する可能性がある。ウクライナは抵抗するだろう。
 
・民主的改革者が政権をとる。
 ロシアの専門家の話を聞いていると、この可能性はほとんどないようだ。しかし、戦後、プーチンがウクライナに対して何をしたかを、ロシア国民に徹底的に知らせ、ロシア人の良心に訴え、改革をせまることによって、民主主義こそが、悲惨な戦争を防ぐ道なのだと理解した場合には可能なのかも知れない。この場合、講和条約が締結される。
 
・民族国家の分離独立
 プーチンの少数民族蔑視政策に反発したロシア共和国以外の共和国が、独立運動を活性化して、ロシアから完全に分離した国家を設立すると、ロシア共和国は、モスクワを中心とする中大国になる。
 
 さて以上を踏まえて、最初の課題にもどろう。
 多くの人が、ロシアが安全保障理事会の常任理事国であることに疑問をもち、常任理事国であることから排除できないものかと思っているに違いない。ネットの質問コーナーで、それは可能かというのがあり、中華民国が常任理事国だったが、追放され、国連からも追放された事実があるので可能だ、という回答があった。しかし、この事例は、ロシアには当てはまらないと考えるべきだろう。中華人民共和国と中華民国は、互いに、自分たちが大陸と台湾の双方の「唯一の正当な政府」であると主張していたのであり、結局、国際社会は、どちらの政府が大陸と台湾の統治者であるかを「変更」したのである。アメリカが中華人民共和国政府と、国交を結び、正当政府であることを認めたので、国際社会の大半がそれに習い、中国が国連と安全保障理事会にもつ地位はかわらず、政府が変わったという形をとった。現在、ロシアの地域を正当に統治しているのが、現在のロシア政府であることは、疑いようがないから、中国の事例は当てはまらないというのが正しい認識だろう。
 国連憲章を確認しておこう。憲章を改正して、ロシアを排除することは可能だが、現在の状況であれば、ロシアの同意が必要だが、ロシアが同意するはずがないので、排除は事実上不可能ということになる。
 
国連憲章の改正出典「国連の基礎知識」
国連憲章の改正は、総会を構成する国の3分の2の多数で採択され、かつ、安全保障理事会の5常任理事国を含む国連加盟国の3分の2によって批准されて可能となる。
 
 安全保障理事会については、非常任理事国の数を増やし、そのための決定条件が変更されただけで、常任理事国そのものの変更や拒否権についての変更はなされていない。いずれにせよ、特定の常任理事国をその地位から排除することは、現実的には不可能なのである。
 では、絶対にロシアを常任理事国から排除することは不可能なのだろうか。
 私は唯一の場合が、ロシア共和国の分裂であるように思われる。ロシア共和国が、常任理事国になっているのは、ソビエト連邦が崩壊したとき、いくつかの民族国家が独立したために、ロシア共和国は、ソ連そのものではなかったが、かなり大きな部分を継承したので、ソ連の地位をロシア共和国が引き継ぐことが同意されたのである。
 しかし、筑波大名誉教授の中村氏の予想するように、ロシア共和国が大きく5つに分裂し、ロシア共和国は、そのひとつに過ぎなくなれば、そのときのロシア共和国は、現在のロシア共和国とはまったく違う国家であり、まして、国連が成立したときのソビエト連邦とはまるで違う。だから、ソ連に与えられた常任理事国の地位を、新しいロシア共和国が継承することはできないと、総会で議決することは可能なのではないかと思うのである。そして、この道筋しかないように思われる。
 
 ロシアが排除されたあとの常任理事国はどうなるのか、ロシアが分裂したことの国際社会への影響はどうか、等々については、また別途考えたい。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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