オーケストラの楽器が水浸し

 静岡県裾野市のホールで、スプリンクラーが突然作動して、オーケストラの楽器が水浸しになり、楽器を守るために運びだしていた人の何人かが転倒して、怪我をしたというできごとがあった。施設管理者である市が、被害者であるオーケストラ側に対応していないということで、オーケストラ側が記者会見を開いて、話題になっている。オーケストラは「シンフォニエッタ静岡」というプロのオーケストラということだ。
 
 オーケストラ活動をしている身としては、深刻に考えさせられるできごとだ。

 正確な事情がわからないのだが、水が落ちてきたのが午後1時ごろで、開演一時間前ということだから、おそらく、午前中に最後の総練習があり、2時開演までの2時間強の昼食・休憩時間中のことだろう。開場までは、オーケストラメンバーの何人かは練習しているし、練習していない人でも、大きな楽器は、だいたい舞台においていく。ティンパニー、ハープ、ピアノ、コントラバスなどは、確実に舞台上にある。それ以外の楽器は、練習を終えて舞台を去る場合には、楽器をもっていくことがほとんどである。では、楽器をどこにもっていくかというと、演奏会場の構造によって異なると思う。サントリーホールのような、完全な音楽ホールで、オーケストラの背後も観客席になっている場合には、完全に別室で控えるので、ほとんどの楽器は、水に濡れることはない。また、多目的ホールで、クラシック系の演奏会のときに、反響板を設置する形式だと、反響板の裏側に空間ができるので、そこに楽器を置いたり、練習する場合がある。私の所属する市民オーケストラは後者の形式なので、スプリンクラーの水が散布されたら、かなりの楽器が被害を受けるだろう。ただし、昼食のために、楽器をそこに置いて、楽屋等に食べにいく場合には、ケースにいれるのが普通なので、ケースに守られて、大きな被害にはならないような気がする。ハードケースの場合だが、オーケストラの楽器は、ほとんどの人がハードケースを使っている。練習している場合は、もちろん水を受けることになる。
 
 楽器はすべてそうだと思うが、オーケストラの楽器は、特に湿気と温度によって、状態が変化する。私のチェロも、汗で楽器が緩んでしまったことがあり、調整を依頼した楽器店から汗対策をしないさいといわれた。汗ですら楽器を変形させるのだから、水が大量にかかったらかなりの問題が起きるに違いない。そうした経験がないので、正確にはわからないのだが。
 いままで、スプリンクラーの水が天井から降り注いでくる可能性など、正直考えたこともなかった。演奏会のときには、非常時の誘導係などが割り振られるが、だいたいは地震対策だ。バレエのコミックでは、上から照明が落ちてくるように細工して、相手を貶めるなどという話があるが、オーケストラの演奏会では、反響板に覆われてしまうので、落ちてくるような照明器具は上にはない。しかし、スプリンクラーは確実にあるだろう。消防署の指導による話はたまに伝達される。
 
 しかし、いきなり雨のように水が振ってきたらどうするのだろう。狭い場所に100名近い人数が配置されているのだから、かなり混乱するだろう。今回は休憩中だったから、まだ被害は小さかったはずだが、演奏中なら、全員が被ってしまうことになる。小さな楽器なら、服で守りながら急いで退出するが、チェロやコントラバスは、抱えて運ぶので、濡れることから守ることはできない。まして、ティンパニーなどは、運び出すことすらかなり困難になるだろう。
 ニュースでは、楽器の被害は数億円と語られていたが、何を基準に金額を設定するのかという問題があるが、元通りにはならないから、楽器の値段の総計とすれば、プロのオーケストラである以上、数億では済まないと思われる。数億というのは、コントラバスやティンパニー、ピアノなど、写真にも写っているような、簡単にもちだせなかった楽器や、たまたま練習していて被害にあった楽器の総計なのかも知れない。バイオリンの何人かが練習していたとしたら、それだけでもかなりの金額になるはずだ。
 
 確かに、ホールを利用する者としても、スプリンクラーは盲点だった。もちろん、スプリンクラーは、絶対に必要なものだ。音楽ホールは木材が多数使われているので、火事になれば被害が大きくなる可能性がある。だから、スプリンクラーは必須であり、建築法上設置が義務づけられているし、また、火事の被害から守ってくれる大切な器具だ。
 この件については、事故と事件の両方の可能性があるようだが、いずれにせよ、被害を受けた楽器がどのように補償されるのか、まだまったく何ら話し合いがされていないという。修理して使うしかないのだろうが、かなりの費用がかかるはずだ。また、修理したとしても、元のような状態に回復する保障はない。プロのオーケストラ団員だから、その楽器しかもっていないということはないだろうから、演奏活動に支障はないとしても、経済的な負担を強いられることになる。市に賠償責任があると思われるが、報道でみる限り、そうした誠意をもっていないのかも知れない。こうしたことが起きた場合の扱いなどを、契約に盛り込んでいるとも思えない。オーケストラが主催して、会場を借りただけなのか、あるいは、市の行事として招待されたのかにもよるだろうが、一般的な管理責任論としての市の責任となれば、警察に市は相談しているというので、事件を主張して責任逃れを目論んでいるのかも知れない。
 
 あれこれ考えてみたが、これからは、私自身が演奏会に望むときに、突然スプリンクラーが作動したら、こうしなければならい、と対策を予め考えておく必要があるのだろう。
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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