領土という古い妄想に囚われるプーチン

 19世紀から20世紀にかけて、植民地を拡大する帝国主義的政策が、先進国では通常だった。日本のような後進資本主義国家も、遅れてはならじと台湾、朝鮮、満洲へと植民地を求めていった。しかし、現在、植民地だったところは、ほとんどすべてが独立している。そして、植民地経営が、本国にとっても、利益をもたらしていたのか、冷静に検証すようになった。
 おそらく、植民地を獲得するようになる当初は、産業がまだ農業中心で、本国では困難な農産物の獲得や、農業そのものを、本国に都合のよいように転換させてしまうこと、そして、租税をとること、自国のための戦争に植民地人を兵隊として駆りだすことなど、いくつもの利点があったことは間違いない。
 しかし、他方、もちろん、本国や植民地によって、事情は異なるだろうが、大方は、植民地獲得のための戦争、そして反乱を抑えるための治安、植民地統治のために派遣する役人の費用等々、大きなコストがかかっていた。長い目でみれば、植民地は、本国にとって赤字だったのではないだろうか。既にこのことは、戦前ですら、石橋湛山や矢内原忠雄によって指摘されていたことだが、戦後は多くの人が認識するようになった。

 そして、植民地が独立し、新たな政治的・経済的な関係になるにしたがって、植民地として統治するよりも、経済面に純化した関係のほうが、統治などの余計なコストが圧倒的な低いだけではなく、経済的な利益も増大することがわかってきた。当然、植民地などをもつよりは、そして、戦争などによって新たな領土を獲得するよりは、平和的な経済交流をしたほうが、ずっと利益が大きいことか、常識となってきたといえる。
 
 もちろん、そうした動向をより押し進めたのは、民族自決権の承認や、人権の尊重という理念がより広く認められるようになってきたことだった。「他国の領土を軍事力によって奪うことは、国際法違反である」という合意が、国連加盟国には形成されていた。
 
 ところが、そういうなかで、ロシア、特にプーチンになってからのロシアは、新たな領土欲を示している。1980年に、ソ連はアフガン侵攻をしたが、アフガニスタン政府の内部的争いが生じ、一方がソ連の軍隊の出動を執拗に要請してきたからであって、ソ連自身の領土欲からでたことではなかった。しかし、アフガン戦争の結果、ソ連が崩壊して、ソ連邦を構成していた共和国が独立し、さらに、東欧を中心に、EUやNATOの陣営にいってしまった。ソ連崩壊を戦後もっとも不幸な事件だったとするプーチンは、ソ連邦はあくまでひとつの国家だったと考え、失った「領土」を回復するという意識なのだろう。しかも、戦争を媒介にしても領土を取り戻そうとしている。ジョージアやチェチェンのような小さな地域では、うまくいったとしても、ウクライナにはさすがに、それが通用するはずもない。むしろ、ロシアは、小さな共和国を含む「連邦」国家であるが、その連邦自体が崩壊する可能性すらある。ウクライナ侵略のために、小さな共和国ほど、兵隊にとられ、多くの死傷者をだしているとされている。完全に独立したほうがましだ、と考えるようになるに違いない。
 
 筑波大学名誉教授の中村氏は、ウクライナ戦争後に、ロシアは5つの地域に分割される可能性があると指摘している。それは、ロシアにとっても、実はとても好ましいことなのではなかろうか。国の力は、決して領土の広さは人口の多さ、そして経済規模によって決まるのではない。国民の一人一人の豊かさと、それによる国民の活動力によって決まるのではないか。
 たとえば、オランダは、人口も国土面積も日本の10分の1だが、農業生産物の輸出で世界二位であり、アメリカに次ぐ農産物輸出国なのである。だから、国は小さいが豊かであり、いろいろ矛盾はあるとしても、安定している。
 ロシアが人口や経済規模の割に、大きな軍事予算を使っているのは、様々な民族の共和国や自治体を抱え、それを押さえ込んでいるからである。そのことによって、ロシアは無意味な虚栄心を満たしているかも知れないが、実は無駄な費用を投下している。それらが平和的に独立して、平等な立場で経済的な関係を結べば、より合理的な活動が可能になる。
 
 しかし、無理な統一国家を形成している限り、負担は続くだけではなく、一端混乱が起きれば、負担は巨大なものに膨れ上がる。そして、そのために様々な非道をせざるをえなくなるのである。
 今回行われたウクライナ4州の住民投票によるロシア編入は、単なる領土欲ではなく、何よりも戦闘行為を有利にするための策略といえる。指摘されているように、ロシア領土と宣言することによって、ウクライナがロシア領土を侵略しているという口実を作る、そして、侵略されたから核兵器を使わざるをえなかったという口実にもつながる。そして、私が重視しているのは、編入されたとする地域から、徴兵し、前線に立たせることである。実際にはウクライナ人だから、徴兵しても、ロシアの中心地域のひとたちを動揺させないし、また、もっとも危険な前線にたたせれば、人の楯のように機能する。また、戦死しても、ウクライナにとっての損失になるだけだ、そういう計算があるだろう。
 ただし、この徴兵はロシアにとって危険を抱え込むことにもなる。強固な親ロシア派の人物なら別だが、親ウクライナであれば、反乱の中心になる可能性がある。
 編入地域での徴兵は、考えられないほど迅速に進む可能性があるし、ほとんど訓練などされないまま前線に送られるにちがいない。送られるというより、徴兵された地域が前線だ。こうしたことが起きたとき、ウクライナはどういう対応をするのか、まだ明確ではないが、後方の兵站攻撃を徹底させるのだろか。注視する必要がある。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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