狼少年が本物にならなければよいが プーチンの脅し

 プーチンが、これまで避けてきた兵の「動員」をすると宣言し、更に、ウクライナ占領地でのロシア編入を問う住民投票、そして、再度の核の脅しをするに至って、ウクライナ情勢は更に流動的になっている。欧米識者たちの見解は、これは、プーチンの焦りの表れであり、プーチンの終わりの始まりだ、核の脅しはこれまでさんざんやってきたことで、本気ではない、住民投票は、ウクライナの攻撃はロッシーニ本土に対する攻撃と見なして、戦争を本格化させる布石である等々である。もちろん、多少の異論もあるが、大方はこのような見解が公表されている。全体としては、確かにそうなのだろう。しかし、事態は思わぬ方向に滑り出してしまうこともある。セルビアでオーストリア皇太子を暗殺したひとたちは、第一次世界大戦を引き起こそうと思ってやったわけではないだろう。そして、多くの政治家たちは、参戦しつつも、世界大戦が4年間も続くとは思っていなかった。

 
 もっとも危惧されることは、核を使うぞ、というのが、脅しであったとしても、なにかのきっかけで実際に使ってしまうことが起きないとは限らないことだ。伝えられているところによれは、核のボタンは、プーチン大統領だけの判断ではできず、おそらく国防相と参謀総長の3人が同意しないと、押されない。これまでの動きからみれば、プーチンが署名せよといえば、この二人は従うと思われるが、トランプの最後の要請を蹴ったペンスの役割を演じる可能性もある。しかし、従う可能性のほうが高いかも知れない。
 核の脅しは、戦術核兵器とは限らない。既に指摘されているように、ウクライナの原発を攻撃することも、可能性がある。こちらは、ふたつの点で危険性が高い。核のボタンは、厳格なルールが決められているが、ウクライナの原発を攻撃することは、そうした制約がないと思われる。つまり、攻撃せよと、プーチンが命令すれば、現場では従う可能性が高い。更に、誤爆の危険もある。今は脅しとして、原発の近くにミサイルを撃っているが、精密誘導されていないために、本体にあたってしまう危険性が常にある。こちらのほうがやっかいだろう。
 
 プーチンは、相反する勢力の板挟みになっていると言われている。ウクライナ戦争は敗北せざるをえないし、このままいけば、欧米からの経済制裁もあり、ロシアは国家として存亡の危機に陥る危険があり、隠忍自重して戦争をやめるべきだとする停戦派と、現在の苦境を打開するために、本腰でウクライナ打倒をすべきであるとする強硬派だ。今回のプーチンの強硬策は、当然武闘派たちに押されたからだろう。つまり、プーチンは、これまでの慎重だった姿勢(あくまで現時点での強硬派と比べればということだが)を、強硬派に押されて、戦争拡大路線に走った形だ。強硬派だから、戦争に勝つ為には何でもやらなければならないと考えているはずであり、核使用への躊躇はあまりないにちがいない。ここに、核使用への暴発の可能性がある。権限をもつ3人を集めて、そこで銃をつきつけて、核使用の署名をさせる。決して、誰かが間違ってボタンを押してしまう、というようなものではない。プーチンはこれまで「志願兵」のみを戦場に送る政策をとってきており、「動員」は避けてきたが、強硬派に屈して動員令を出したことから考えれば、核使用を強要されれば、応じざるをえないこともありうるといえる。これまで、脅しを何度もしてきたから、欧米は「はったり」だと見なしてきたが、実際にはったりではなくなる危険性もあることを認識しておく必要があるのではなかろうか。
 では、それを防ぐ方策はあるのか。もちろん、ウクライナが現状で諦め、領土割譲を認める停戦をみずからすれば、核攻撃を防ぐことになるが、そういうことが起きるはずもないし、また、そう主張するのもおかしなことだ。ウクライナは侵略された側だから、当然ロシアに対抗する権利があるし、そうしている。ロシアか占領地域から出て行くまで抵抗するという、ウクライナの姿勢は支持すべきものだ。やはり、唯一現実的な方策は、核を使用したら、その被害は周辺に及ぶのだから、NATOへの攻撃だと見なすとして、最大限の報復をするという方針を、アメリカとNATOが明言しておくことだろう。「これは脅しではない」と。もちろん、非公式に伝えておくことでもいいのだろうが。私の立場からすると、こうしたことは、想定したくないことであるが、必要なことであろう。
 
 住民投票をどうみるか。
 住民投票は、ウクライナが、ロシア領を攻撃したという口実つくりであることは明白だが、こうしたロジックそのものはほとんど現実的には無意味である。もちろん住民投票としての条件を満たしているとは、とうてい言えないし、欧米は認めないだろう。そもそも、ロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアの同盟国であると称している、ルハンシクとドネツクの「人民共和国」を守るという「名目」で行われており、集団的防衛権の論理では、同盟国への攻撃は、自国への攻撃と見なすのだから、既に、ロシアからは自国を攻撃されたと同様のことになっている。更に、既にロシアに編入されて久しいクリミア半島が、ウクライナによって攻撃されたにもかかわらず、ロシアは、自国が攻撃されたと「騒いでいない」。こうしたことは、戦争状態にある場合は特に、戦闘の優位にあるかが問題であって、ロジックではない。ロシアが、ウクライナの4つの州が編入を望んだと公表しても、ウクライナやNATOの態度はまったく変わらないはずである。4つの「州」での住民投票となっているが、ふたつの人民共和国はどうなったのか?
 さて、他方、特に東部地域においては、心底ロシアに編入されることを望んでいる住民が生活していることを、無視すべきではない。ウクライナは長い間ロシア帝国の一部であり、またソ連の一部だったから、ロシア人がたくさん住んでいる。特に、ロシア領の近くに住んでいるロシア人は、ウクライナよりもロシア人としてのアイデンティティが強いとしても不思議ではない。2014年以後、ロシア人住民の多い地域と、ウクライナ政府が戦闘を継続してきたくらいだから、ロシア軍の後押しがあったにせよ、ウクライナ政府の支配下には入りたくないと思っている人が、多数いるだろう。以前にも書いたが、フランスのテレビ局が、そうした住民の声を放映していた。「ロシア軍に助けてほしい」と訴えていた。ウクライナが東部を制圧したとしても、彼らとの関係調整は難しい課題となる。
 
 話題がそれるが、日本が北方領土を取り戻して、その後どう対応するのか。いろいろ調べてみたが、どうもよくわからない。北方領土には、すでにロシア人が住んでいて、日本人は追い出されている。つまり、返還されても、住んでいるのはロシア人だけなのだ。おそらく、ほとんどのロシア人は、日本よりロシアによって統治されたいと思うだろう。そして、ロシアにわれわれを助けてほしい、軍隊を送ってほしいと呼びかける可能性が大だ。もちろん、返還されるのは、そういう条件があるからであって、すぐにロシアが取り戻しにくることはないにしても、ロシア人が日本への帰属を拒否したらどうするのか。そのことを考えずに、領土返還だけを考えても、実現可能性が低いし、実現したとしても、混乱が起きるだけという危険性もある。ウクライナが、親ロシア系住民をどう扱うか、日本人としても参考になる。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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