対照的な岩田明子氏と中村敦夫氏の状況把握力

 世の中で起こっていることを、つまり同じ事態を見ていても、極端にいえば、そこに重大な問題を感じる人もいるし、また、見ていないと同じような感覚しかもたない人もいる。それは、その人の価値観によるものなのだろうか。現在、世論が分かれている国葬にしても、国葬に何を見るか、それをどう解釈するか、人によってまったく異なった結論が出てくる。
 そうしたことを考えながら、最近読んだ文章で、対照的な意味で興味深かったのは、岩田明子「安倍晋三秘録1 暗殺前夜の電話」(『文藝春秋』2022.10)と中村敦夫氏へのインタビュー記事「旧統一教会追い50年、中村敦夫さん「安倍氏への忖度で右往左往」」(朝日デジタル2022.9.18)だ。岩田氏は、有名な安倍晋三番の記者で、強固な安倍支持者だった。しかし、安倍氏が暗殺され、その後統一教会との癒着が暴かれるようになり、NHKも辞めて、しばらく表舞台に出てこなかったが、『文藝春秋』に、安倍追悼のような文章を寄せた。暗殺の前日の夜に、安倍氏と電話で話したという内容が中心だ。

 岩田氏は、自身の統一教会の記憶として以下のように書いている。
 
 「私が大学に入学した際、自治会や学部の先輩などが、旧統一教会の下部組織である「原理研」に対して、徹底した注意喚起を行っていたことが思い出されたからだ。
 また当時、同級生とその家族が、同団体に苦しめられた経験も鮮明に蘇った。正直なところ、四半世紀以上の時を経ていたこともあり、団体の存在すら忘れていた。」
 
 岩田氏が、安倍元首相銃撃の前夜に電話したときに、井上義行氏のことを「井上さんが旧統一教会で『祝福』を受けたとの情報が入りました。事実ですか。どういう経緯だったのでしょうか・・・」と問いただしたところ、安倍氏は「そうだね・・・」と言葉少なに答えたそうだが、「長きにわたり取材を続けてきたが、安倍の周囲で「旧統一教会」の名前を聞いたのは、この時が初めてだった。」と書き、そのあとに続く文章である。そして、この話題の締めというべき回答が、「私自身は、さほど関与していないから・・・」だったのだそうだ。
 岩田氏は、周知のように、東大卒のNHK記者であり、東大は、当時統一教会の勧誘対象として、最も重要な大学だった。だからこそ、岩田氏自身が書いているように、注意喚起も盛んだったわけだ。そして、友人に統一教会による被害を受けた人もいたにもかかわらず、「団体の存在すら忘れる」ようなジャーナリストであり、「祖父・岸信介の時代における旧統一教会との経緯や、米国との関係などを踏まえつつも、徐々に距離を置こうとしていた様子がうかがわれた」などと書いているのである。電話では、この話題については、その後触れられなかったというのだから、「さほど関与していない」という安倍氏の言葉を単純に信じたということだろう。
 しかし、20年以上も非常に親しく接しており、最も安倍氏の懐に深く入り込んだ取材が可能な地位を築いていたジャーナリスト(といえるならだが)が、安倍氏と統一教会の関係の深さについて、まったく認識していなかったというのは、信じがたいことだ。本当だとしたら、むしろ恥ずかしいというべきだろう。 
 
 中村敦夫氏の言葉は、まったく逆の姿勢を感じさせる。統一教会に関心をもったきっかけは、俳優をしながら、社会問題をテーマにした映画をつくりたかった時期70年代に、駅前や大学の構内に黒板をもってきて、懸命にオルグしているグループがいて、統一教会系の学生組織の原理研究会だった。そして、「統一教会について調べると、朝鮮半島を植民地支配した日本は韓国に貢ぐべきだとか、でも反共産主義で岸信介元首相とつながったいるとか。支離滅裂に感じましたが、世間はそういうことをあまり知らない。80年代にはバブルに向かう日本に浸透し、信者が霊感商法に駆り出されていきました」と知ったということだ。
 前に書いたように、私の学生時代に、同じ学科に、大学の勝共連合と原理研究会のそれぞれの責任者が在籍していたので、近くから観察することができたし、駅前での募金活動なども、すぐに詐欺的な原理研による募金だと認識していた。しかし、「日本は韓国に貢ぐべき」というのは、かなり彼らの文書を調べないと出てこないもので、メディアで明確に指摘されていた記憶はない。今回の騒動で初めて知った。しかし、中村氏は、きちんとそこらを理解した上で、国会議員になったあとは、積極的に、この問題に取り組み、質問もしたそうだ。
 しかし、ワイドショーに出て、盛んに批判したら、名誉棄損罪で告訴されたという。しかし、統一教会を批判していた学者、弁護士などと強力として、反論していくと、「ややこしい団体だから触れないほうがよい」という雰囲気から、正面から反論してもいいという感じに変わっていった。さらに、中村氏は、マインドコントロールをテーマにした小説も書いたという。(『狙われた羊』だと思うが、アマゾンで現在取り扱えない、とあった。)
 国会議員としての活動は、具体的にこの記事をぜひ読んでほしいが、官僚たちは、おそらく事態を把握しているのに、政治家に忖度して動けないこと、政治家たちは、選挙に当選するために、統一教会に支援されているうちに、次第に自民党という組織全体に、浸潤されていったことを指摘している。そして、最後に、以下のように結んでいる。
 
 「あれほど愛国心を唱えながら、なぜ日本で高額献金など社会問題を引き起こしてきた集団とつながり続けていたのか。指導者として論理的な政治思想があったのか。安倍氏を忖度してきた集団が政界で右往左往している。政治家が劣化したことで、国の能力が劣化している。国民は今回の事態をきっかけに、日本はとんでもないことになっていると気づき始めているんじゃないでしょうか。」https://digital.asahi.com/articles/ASQ9J4KBJQ8ZUTFK01T.html?pn=7&unlock=1#continuehere
 
 安倍評価については、散々書いてきたが、やはり、日本が経済的にも、政治的にも、また研究・教育においても劣化が目立つのは、安倍体制に大きな要因があると考えざるをえない。統一教会をめぐる一連の流れは、その象徴である。このブログでも、とくに私自身の専門を中心に、対応策を含めて、今後も考察していきたい。岩田氏の文章は反面教師として、中村氏の文章は、その姿勢から多くのことが学べる点で、読みごたえがあるものだった。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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