日本経済が不調になって久しい。どうしてそうなったのかは、専門家ではないので、私に明確な回答があるわけではないが、誰でも思うのは、世界を牽引する新しい技術を生み、それを製品化できていないことがひとつ、そして、日本の人材活用が様々な点で有効でないことだ。後者の結果が前者なのかも知れない。
ソニーは、世界の電気製品のいくつかの新しい技術を生み、世界的なリーダー企業のひとつだった。しかし、アップルを創業して発展させたジョブズのドキュメントをみて、驚いたことがある。iphoneの前の段階のipodは、あの技術を開発した企業から、技術を買い取り、アップルが製品化したものだが、その技術を開発した企業は、製品化してくれる企業を探していた時、まずはソニーに声をかけたのだそうだ。当然だろう。ウォークマンを開発して、音楽視聴のスタイルに革命的な変化をもたらしたソニーであるし、その技術は、明確にウォークマンのデジタルバージョンということもできた。しかも、ソニーは膨大な音楽や映画ソフトを所有している。しかし、ソニーはそれを断ったのだそうだ。そして、結局アップルが採用して、ipodとして結実し、単なる機械の革新ではなく、ソフトウェアの形態も変えてしまったのである。ウォークマンもテープをいれて聴くものだったが、ipodは、ネットを通して音楽や映像を入手するという、新しい鑑賞形態を生み出しただけではなく、ウォークマンは90分程度の音楽テープを持ち歩くだけだったが、ipodは数百時間分の音楽をなかにいれることができた。その後、こうした視聴形態が主流になっていく。そして、ipodの発展形がiphoneなのだから、ソニーとしては、逃がした魚は本当に大きかったといえる。
ソニーがデジタルペーパーを売り出したが、わずかしか売れないので、購入者をいちいち訪問して、感想をソニーの会社員がやって意見聴取をするという、ご苦労なことをしていた。購入していたので私のところにも来た。いい機会なので、いろいろと話を聞かせてもらったが、ソニーのかつての栄光が薄れてしまった側面が、少しわかった。デジタルペーパーは10万円以上する高価なのものだから、個人はほとんど買わない。私も公費購入しただけだし、結局iPad pro と同じくらいの値段で、機能はまったく比較にならないほど貧弱だから、実は私もあまり使っていないし、「売れないと思いますよ。なんでこんなに高いのでしょう。半分くらいなら売れると思うけど」というと、実は、この値段の半分は、画面に使っている技術の特許料を他社に払っているのだという。自社の技術なら、確かに半額にできるわけだ。しかし、天下のソニーが、その程度の技術も、他社に特許を奪われてしまったのかと、落日を実感させられた。そして、ipodの話になると、当時のソニーの会社の運営形態が、あのような、新しい機能を複数組み合わせて造っていくような組織になっていなかったと、説明していた。組織、つまり人間の労働の結合のさせ方という点でも、技術革新しにくい形になっていたのである。
今回見たドキュメントは「地球を救え スタートアップが描く未来」というもので、まったく新しい製品を造っていくことに取り組んでいるひとたちの例と、それを阻害する要因についての提起をしている映像だ。
これまでにない新しいことの模索をしている例がいくつか紹介される。もちろん、既に商品化している物もある。
かなり普及しているが、植物性のタンパク質から、動物の肉と相似する製品。これは、既に日本でもレストランがあるそうだ。コロナで行く機会がまったくないのが残念だが。
3Dバイオプリンターを使って、人の細胞から、その人の臓器を作る、そして、本人に委嘱するという技術に取り組んでいる研究者たち。
これは動物の肉を作る技術としては、既に応用されており、鶏の細胞を少しとって、培養し、3Dバイオプリンターで、鶏肉を作り出して、料理して食べている映像があった。みんなが鶏肉料理を食べている脇で、その原料になった当の鶏が歩き回っているのだ。つまり、肉を食べるのに、その動物を殺さなくてもいいということになる。牛肉を生産するために、大量の牛が必要であり、牛の飼育には飼料が必要であり、更に大量の排泄物を生むという、大きな問題がある。しかし、生きた牛の細胞から、バイオプリンターで大量に肉を生産できれば、大量の牛を必要としなくなるし、飼料も人間の食用に廻すことができ、排泄物も少量になる。いいことづくめだ。
二酸化炭素を固形物にして、地中に埋めて、温暖化を防ぐという取り組みをしているひとたち。
ムール貝を、海中に海藻といっしょにしておくと、ムール貝が大量に増え、海藻が海を浄化してくれるという。
下水処理なども、まったく新しい技術で、生活環境激変させた技術として紹介されている。
こうした創造的な取り組みは、斬新なアイデアと明確なゴールのイメージが必要だと指摘していた。これらの研究における「ゴール」として、地球環境を改善すること(水の浄化、二酸化炭素の封じ込め、動物の飼育数の減少)、環境を悪化させずに、今享受していることを、別の方法で享受する方法を生みだすこと(3Dバイオプリンターによる臓器形成や肉の生産)などを目標のひとつとして追求している。単なる経済的利益の追求ではないからこそ、研究の充実感もあるのだろう。
しかし、そうした取り組みがあっても、阻害要因がある。それは、「規制」である。国家権力によって行われる規制は、ふたつの全く違う側面があるといえる。
第一は、既成の権力側の利益を守る規制である。「座」などは、そうした一例であるし、また江戸時代の「鎖国」は、重要な柱は、幕府による貿易独占であり、藩や個々の商人に貿易をさせないための規制であった。
第二は、市民に、経済活動が不当な損害を与えないように、安全を守るための規制である。多くの公的機関による「認可」「承認」がそうだ。第一の規制は、なくすべきであり、単に害があるだけだろう。そして、第二の規制は必要であるが、問題は、市民のためを装いつつ、実は既存勢力の利害を守ることが少なくないし、その線引きも簡単ではない。また、安全を守ることで、規制を強化すると、新しいものを生みだす努力を制限することにもなりかねない。
認可などを必要とする規制の代表例は、薬だろう。薬の認可は、かなり慎重に行われるが、大きなきっかけになったのは、サリドマイド事件だった。世界十数カ国、1万人近い被害が出たもので、薬の認可に対する強化の社会的要請がでたし、また、大きな訴訟が提起された大事件だった。日本で、薬の承認が非常に厳格に行われているのは、この事件の影響がいまでも続いているからだとされる。しかし、こうした規制は、新しい企業には非常に不利に働き、既存の大手企業に有利になることが、珍しくない。
新型コロナのワクチン開発で、ファイザーなどの世界的企業か、あるいは中国やロシアのような国策会社は、素早くワクチン開発を実現したが、日本のようなそれほど大きくない企業は、結局競争に敗れた。これは、大企業が、当然開発力もあるが、認可規準の柔軟な適用を政府に働きかける力をもっていること、そして、一端ある企業がひとつの薬で認可をとってしまうと、その後は、認可規準を実質的に厳しくすることが、既存の企業をの利益を守ることになる。一見、ユーザーの安全を考慮しているように見えるが、認可という規制が、新しい製品の登場を防ぐことになってしまい、逆に安全確保の進展を阻害することも少なくないわけだ。
こういう規制の是非、具体的な規制のメリット・デメリットを公正に検討して、市民の安全や利益にするためにはどうしたらいいのだろうか。(つづく)