キリルロシア正教会総主教がウクライナ侵略を批判?

 5月30日の日刊ゲンダイに、極めて興味深い記事がでた。「ロシア正教会トップがウクライナ侵攻に“異議アリ”! プーチン大統領は盟友の苦言に真っ青」というものだ。
 ところが、この記事を私がヤフーニュースで最初にみたのが、午後3時くらいだが、5時になってパソコンでヤフーニュースをみても、この記事がない。グーグル検索にかけてもでないのだ。念のために、日刊ゲンダイのサイトにいくとちゃんとあった。私のチェックに間違いなければ、ヤフーニュースは、この記事を削除したと思われる。圧力でもかかったのだろうか。そして、この内容はあまりに意外なのものだったので、信憑性も考えねばならない。

 ロシア正教会は、ソ連時代は抑圧されていたわけだが、ソ連崩壊と同時に大きく復活し、とくにプーチン時代になって以降、KGB出身とされるキリル総主教は、プーチンと協力して、強大なロシアの建設に務めてきた。そして、今回のウクライナ侵略についても、精神的な支持を表明してきたのは、周知の事実だ。しかし、ロシア正教会の司祭のなかには、公然と、戦争と総主教の姿勢を批判するものもいるし、それまでは下部組織のようなものだったウクライナ正教会は、ロシア正教会からの独立を宣言した。そして、それに対する意外なキリル総主教の反応から、記事は始まっている。
 
 「「独立宣言」にカンカンと思いきや、キリル氏の受け止めは意外なものだった。29日、モスクワの救世主ハリストス大聖堂で「ウクライナの教会が今日、苦しんでいることを完全に理解している」と寄り添うような姿勢を示したのだ。
 さらに「『悪』がロシアとウクライナの正教徒を分断させようとしているが、その試みは成功しない。信者の暮らしを複雑にしないためにできるだけ賢明に行動すべきだ」とも訴えた。
一気に「反戦機運」が広がる可能性」(上記記事)
   
 この記事が、正確に翻訳されているかは、私にはわからないが、とりあえず正確だとして、この記事では、中村逸郎教授の解説で、
・キリル総主教はプーチンと距離をおいた
・プーチンはこの発言を重く受けとめざるをえない。
・キリルの支持を失えば、戦争を継続することは不可能
・キリルがさらに踏み込んで、停戦や和平を求めれば、一気に反戦機運がロシア国内に広がる
と分析している。
 
 中村教授の解説は、希望的観測以上のものではないのではないだろうかという気がする。少し前に、元ロシア軍人が、ウクライナ侵攻に対して、必ず失敗し、ロシアは国際的に孤立するという批判を、国営テレビで堂々と述べた翌日に、その発言を訂正するということがあった。だから、この発言は、プーチンとも示し合わせ観測気球で、その後に何を話すかによって、その意味が異なってくると、まずは慎重に受け取っておくべきだ。
 そして、キリル総主教が、「悪」としているのは、「ナチス」つまり、ゼレンスキー政権であるという意味であれば、プーチンによるウクライナ侵攻ではなく、やはり、ゼレンスキー政権によって、無理に独立させられたのであって、決して、ロシア正教会に、自らの意志によって独立したのではないという意味であれば、より慎重でなければならないとしても、ウクライナ侵攻を批判したのではないとも受け取れる。
 
 もし、キリル総主教が、本当にウクライナ正教会の独立を悲しみ、そうなった戦争に否定的な態度をとるのならば、大きな意味をもつかも知れない。そして、宗教が政治に対して、どの程度の影響力があるかを示す実例になる。政治的独裁者と宗教的指導者が共同していたときには、国民は無条件に従ってきたが、政治権力者と宗教指導者が対立したときに、信者たちはどちらに従うことになるのか、非常に興味深い事態が展開することになるわけだ。
 また、そのときプーチンが目指しているロシアがどのようなものかも、鮮明になる。ソ連なのか、ロシア帝国なのか。
 ソ連の最大の誤りのひとつは、宗教を弾圧したことだ。一見、政権に従順であるようにみえても、精神的には支持していなかったように、プーチンには見えたに違いない。だから、プーチンは宗教勢力を利用したのだろう。それは、ソ連体制の根幹を否定したのではなく、欠陥と考えていることを修正したのか、あるいは、皇帝権力とロシア正教会が不可分だったロシア帝国の復活を意図しているのか。
 もし、プーチンが基本的にソ連、というよりスターリン体制の復活を意図しているならば、批判的になった可能性のあるキリル総主教を弾圧する可能性が高い。プーチンが、キリル総主教の批判によって、ショックを受けるとは限らないということだ。しかし、ロシア帝国の復活をめざしているならは、外見上総主教の批判を受け入れて、協調を諮り、政治の修正、つまりウクライナ侵攻を収め、そのことによってプーチン皇帝とキリル総主教が一体であることを国民に示して、より独裁的権力を強化しようとするに違いない。
 もちろん、まったくふたつの体制と異なった側面を現在のロシアはもっている。それは、大統領が国民の選挙によって選ばれているということだ。そして、事実上キリル総主教は、プーチンによって、その地位につけられている。必ずしもロシア正教会の聖職者たちの、大きな支持をえているわけではない。そして、民主主義体制では、政治権力と宗教勢力が一体になっていることは、容認されない。だから、ロシアが、これをきっかけに、より民主的に展開していく可能性もある。 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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