ウクライナ雑感 慢心は禁物

 つい先頃まで、ウクライナ当局も、またそれを受けて日本のメディアも、ウクライナ情勢は完全に楽観的で、6月攻勢、8月決着というような「楽観論」を振りまいていた。しかし、ロシア軍のウクライナ東部への攻撃を受けて、にわかに悲観論が出ている。
 しかし、こうした言説をみると、「慢心は危険」という言葉を肝に銘じる必要を改めて感じた。
 
 「鬼平犯科帳」に「妖盗葵小僧」という話があり、事実として長谷川平蔵が捕縛した有名な盗賊だ。押し込み先で女を犯すのが手口だった盗賊で、その一節に、葵小僧と引退して同居している元首領とのやりとりがある。あまりに度が過ぎていることをたしなめ、あまりにうまくいっているときには注意が必要だというようなやり取りをしたあと
「なあに鬼の平蔵は、この私を捕らえることが出来まいよ」
「それがお前、慢心というものだ」

「なに、慢心じゃあねえ、自信というやつさ」
「自信と慢心の境は紙一重だぜ」
 結局葵小僧一味は、次の盗みで捕縛されてしまう。
 
 ハルキウを奪還したときに、ウクライナは自信に満ちていたが、慢心という危うさに陥っていたような気がするのである。
 
「8月「転換点」、勝利に自信 ウクライナ国防情報局トップ5」https://www.jiji.com/jc/article?k=2022051600147&g=int
で、「ウクライナ国防情報局トップのブダノフ少将は14日、英スカイニューズ・テレビのインタビューで、侵攻を続けるロシア軍との戦いに関し、ロシアが2014年に併合したクリミア半島を含め「ウクライナは失ったすべての領土を回復し、主権を取り戻す」と述べ、勝利に自信を示した。」という記事を掲載したのは、5月16日のことだ。日本のメディアもこの発言を使って、ウクライナの勝利は、間近に迫っているかのような報道をさかんに行った。
 そして、現在でも、「ロシア空軍が弱いのは何もかも時代遅れだったから」Newsweek 2022.5.27というような解説記事は多数ある。ロシア空軍が古いことは事実なのだろう。しかし、空軍の爆撃によって、多数の死者が出ていることも、ゼレンスキー大統領は語っていた。
「ロシアによる空爆で87人死亡 ゼレンスキー大統領(5月24日)」https://mainichi.jp/articles/20220524/k00/00m/030/251000c
 
 そして、東部の苦戦を認めるのは、昨日くらいからである。「ロシア、東部ルガンスク州で優勢との見方(5月27日)」https://mainichi.jp/articles/20220527/k00/00m/030/275000c
 
 ここでこのようなことを書くのは、もちろん、別にウクライナ情勢に影響を与えることなどは一切ありえないのだから、自分自身の思考の点検のためであって、情報に惑わされない事実の検証のためである。そういう点から見ると、5月16日前後のウクライナの有利さの強調には、あやうさを感じていた。それをこのブログでも書いた。
 重要なことは、あまりにも乱雑ともいえるロシア軍の作戦や攻撃方法を、ずっとそのままであるかのように思い込んでいた部分はないだろうかということだ。ロシア軍だって敗北を望んでいるわけではなく、闘う以上は勝つことを熱望するだろう。そして、反省もするだろうし、作戦の建て直しもするはずである。ハリキウを撤退したのは、不利だったからもあるだろうが、軍を集中させて、一点突破で勝利をする作戦に切り換えたからであろう。そして、ルガンスク州を完全制圧するために、部隊の再編成をして、猛攻撃を加えた結果、ロシア軍がここでは圧倒的に有利に進めている。そして、ルガンスク州を制圧すれば、早速ロシア編入宣言をするかも知れない。国際法的に疑問がもたれても、ロシアはそれを既成事実化するはずである。もっとも、この地域は、ロシアが「独立承認」しているわけだから、法的に違いは生じないのかも知れない。
 というより、独立承認しているのだから、編入はしないのだろうか。それとも、住民投票を強硬して、編入するのだろうか。その際、住民はどのよう反応をするのか。親ロ派住民が多いとしても、さすがに、ロシアによる侵略という事実を目の当たりにして、ロシアになりたいと意思表示するのだろうか。しかし、ロシアがクリミアの住民を懐柔するために、年金や給与をかなり増額したことが、ロシアに靡いた理由のひとつとされるから、そうした政策で、やはりロシア領化を受け入れるウクライナ人もいるに違いない。
 いずれにせよ、ウクライナ人だからロシア化に反対するに違いないというのも、絶対視しないほうがよい。
 とはいえ、長期的にはウクライナが勝利すると信じている。
 
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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