ウクライナ情勢は日々動いており、メディアの報道も、少しずつ変化してきたような気がする。ハルキウを奪還したころには、ウクライナがどんどん優勢になって、6月ころには大攻勢をかけ、8月には帰趨が明確になるかのような報道が目立った。しかし、最近はロシアも攻勢をかけており、かならずしも楽観できないという報道もみられる。私は、後者のほうが、現実に則した見方だと思っている。あまり楽観視すべきではない。そして、長引けばロシアが不利になるというのも、逆の側面もあることも、やっと指摘されるようになった。長期化すれば、ロシアの占領地域が既成事実化してしまう恐れがあるのだ。
プーチンや高官をめぐる動向についてだ。ゲラシモス失脚説があったが、現時点ではそこまでいっていないことがわかっている。アメリカ軍トップとの電話会談に出たことで、それは明らかになった。そして、プーチンの交代説がさかんにだされている。6月12日のロシアの日に、代行を指名して、大統領を降り、院政を行うというのだ。他方、癌の手術をしている最中に、手術のミスで死亡したという状態が、期待をこめて語られることもある。確かに、映像でみるプーチンの顔は、健康的ではないが、それにしては、かなりの任務を遂行しているようにみえ、細かい軍事作戦まで指導しているともいわれている。5月9日の演説でも、こまかなニュアンスはわからないが、声はしっかりしていたように思われた。もちろん、プーチンが病気で倒れてくれれば、それにこしたことはないが、あまり希望的観測を事実と錯覚しないように気をつける必要がある。
何故戦争宣言をしないのか。巷間言われていることとは、多少違う理由があるのではないかと思うようになった。それは、戦争宣言する、つまり、宣戦布告するということは、当然相手を攻めることを、国際法的に宣言することだから、当然相手も、自分たちを攻めることになる。現在は、宣戦布告をしていないから、ウクライナは注意深く、ロシア領に攻撃をかけることを自粛していて、基本的に自国を守ることに徹しているのに対して、ロシア側は、好き放題ミサイルを撃って、ウクライナの西部までも攻撃している。しかし、ミサイルでウクライナを苦しめることはできても、そのことが、攻撃地域を占領できることにはならない。オデーサにミサイル攻撃をしているが、占領するためには、当然兵隊を派遣して、そこを管理しなければならない。つまり、ミサイルがある限り、占領できなくても、相手を攻撃して破壊することはできるのである。もちろん、ウクライナも、現時点でロシアをそのようにミサイル攻撃することはできる。ただ、戦争状態ではないので、自制しているに過ぎない。
逆にいえば、戦争状態になれば、ウクライナも遠慮なく、ロシア領内に対してミサイル攻撃をすることができる。ロシアはそれを非難することはできない。おそらく、高性能のミサイルを使えば、モスクワを攻撃することだってできるに違いない。もちろん迎撃される可能性もあるわけだが。ウクライナの最も西に位置するリヴィウを、クリミアからミサイル攻撃するよりは、ロシア国境近いウクライナから、モスクワを狙うほうが、はるかに距離は近い。
もっとも、そういう性能をもったミサイルを、十分にウクライナが現在所有しているかどうかは不明であり、かつ、そうした場合にアメリカを初めとする西側が、そうしたロシアとの全面戦争のための武器を供与するかはわからない。しかし、ここまで応援して、ロシアが宣戦布告したら、応援の規模を縮小するというわけにもいかないだろう。すると、これまではあくまでもロシア国内には、派遣された兵隊以外には、損害を被っていないわけだが、戦争状態になると、かなり大きな損害が生じることになる。そのときに、何が起こっているか、ロシア国民は否応なく認識せざるをえなくなるわけである。そのときに、反政府運動がおきないか、プーチンは真剣に考えたに違いない。
また、そうなれば、アメリカの恐れる第三次世界大戦に発展する可能性もあるので、アメリカはおそらく、宣戦布告を思い止まらせるように、ロシアに圧力をかけていると、私は推測している。
しかし、別の視点で考えれば、ウクライナは自国を攻撃され、荒らされる一方で、ロシア領を反撃できない悔しさはあるに違いない。そうすると、ウクライナの過激部隊が現れて、ロシアを攻撃し、事実上の戦争除隊に引きずり込み、思う存分ロシアにミサイルを撃ち込みたい、と考えている部隊があってもおかしくない。
結局、宣戦布告しないという点で、プーチンは、まだ最低限の合理的判断は失っていないようだ。もっと合理的になって、この戦争がいかにロシアにとって損失であることを認識すべきだと思うが。