自民党のいじめ対策の提言

 最近自民党が、いじめ対策を発表した。自民党らしく、厳しい措置をとろうということだ。しかし、自民党のいじめ対策には、いつも致命的な欠陥がある。その証拠に、大津の事件のあと、「いじめ防止対策推進法」を策定して、現場ではかなりその線にそった対策を強いられているのだが、いじめかえって増えているのである。
 大津の事件をきっかけとした対策は、
・学校にいじめ対策の委員会を設置する。
・年に3回アンケートをとって、いじめの有無を調査する。
 もっとも大きな対策は、義務としてのアンケートだ。もちろん、これによって、それまでわからなかったいじめを発見することはあるだろうが、そもそも、アンケートなどをしなくても、教師は異常を察することができなければならない。アンケートを実施することによって、その間はあまり注目しないということもあるに違いない。また、アンケートで、いじめを受けている被害者が、訴えたにもかかわらず、学校が有効な対策をしないまま、悲劇が起きた事例もある。アンケートの弊害は、実施のための事務量が膨大に増えることだ。

 
 さて、今回の自民党の提言は、報道によると、以下のようなものである。
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日テレNEWS
自民党の文部科学部会は16日、学校現場でのいじめ撲滅に向けて、いじめを行った児童に対し、学校の敷地に入らないことを命じるなどの緊急分離措置を創設するという内容の提言をとりまとめました。 【図解】“いじめ自殺”学校配布タブレットの管理は 提言では、いじめの加害者への処分は3段階で、第1段階として、口頭指導や保護者への報告を行い、改善が見られない場合、第2段階で懲戒処分、第3段階で出席停止にすることが盛り込まれています。 第2段階の懲戒処分として、新たに、いじめを行った児童に対し、学校の敷地に入らないことを校長が命じる緊急分離措置を創設すべきとしています。 措置の解除の際には、教育委員会が関与することも記載されています。 いじめを行った児童の「教育を受ける権利」との兼ね合いのため、措置は恒常的なものではなく、あくまでも緊急的な対応として行うということです。 部会は提言案を今週中に末松文科大臣に提出し、年内に新たな懲戒処分を創設するよう求めるということです。
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 この案の象徴的なことは、加害者を「処分」の対象としてのみ考えているらしいことだ。最初は口頭指導と保護者への報告、次に懲戒として学校の敷地に入らないことを命じる緊急分離措置ということだ。念のために確認しておくと、こういうことは、現時点でも行われているし、また、そうしたシステム(出席停止)がある。 だから何ら新しいことでもない。なんら新味のないことを、提言するなどということは、実際の現場をまじめに見ていないとしか思えない。このようなことが、どの程度実行され、どのような結果をもたらしているのかも分析なしに、同じことを提言するのは無責任以外のなにものでもないといえる。念のために自民党の経ホームページをみたが、これに関する文章は見当たらなかった。それほど熟慮の上の重要な政策として提言したわけでもないのかも知れない。
 
 いじめの加害者は、確かに、ある時点では懲戒の対象にしなければならないし、また、被害者を救うことが最も重要だろう。しかし、多くの場合、加害者も様々な問題を抱えていることは、多くの教師によって指摘されている。被害者を救い、ケアをするとともに、加害者が何故そのような行動をとってしまうのか、どうすれば、そうした行動をとらないようにできるのか、そうしたことを考え、また実践しなければ、いじめ問題の解決はないのだ。
 ただし、加害行為については、明らかに違法性ある犯罪ともいえる行為であるか(暴力、恐喝、侮辱等)、そこまではいかない、好ましくない行為としてのいじめ(無視、仲間外れ、嫌がらせ)を区別すべきである。違法性の激しい行為の場合には、警察の支援をえることも必要であろうし、また、授業を妨害するようなことであれば、出席停止措置も必要だろう。しかし、そこまでのはげしいいじめは、比較的少なく、大部分は、犯罪行為とはいえないものであり、そういうものについては、被害者の援助だけではなく、加害者へのケアも必要なのである。加害者も別の場面で被害を受けていることが多い。現場からの情報では、家庭での問題を、学校で解消しているような事例が少なくないのである。とすれば、やはり、加害者も実は別の形の被害者であり、その捌け口としてのいじめであれば、加害者の問題を解決することが、いじめをなくす大きく部分を占めている。そうした段階で、有効な対応をとらなかったことが、大きな被害をもたらすいじめ(犯罪)に至ってしまうことを考えれば、加害者のケアが重要であることは、いくら強調してもしすぎることはない。
 
 もうひとつの面は、教師の問題である。よく知られているように、現在の学校は、耐えがたいほどの過重労働が強制されていることが多く、教師自身にゆとりがなくなっている。そういう教師が、子どもの間の問題を解決する心の余裕がないことも多いのである。教師といえども、人間であるから、自分が精一杯、ぎりぎりの生活をしていれば、授業以外の指導などに十分エネルギーをさけないのもやむをえない。また、教師に対する行政のいじめのような政策がとられている自治体もある。そうした状況におかれた教師は、いじめを解決するどころか、子どもへのいじめ行為に走ってしまうこともあるのだ。
 いじめ問題の解決のためには、学校のブラック労働状態の解決が不可欠ともいえる。自民党の提言には、こうした問題意識がまったく欠けている。そもそもが、管理主義の発想なのである。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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