ロシアのラブロフ外相が、「ヒトラーにはユダヤ人の血が入っている」とインタビューで答えて、物議を醸している。当然イスラエルは猛反発をしている。ラブロフ外相の発言は、ロシアがウクライナをナチに抑圧されていると批判していることに対して、ゼレンスキーはユダヤ人だからナチのはずがないという反論があり、その反論は間違っていると言いたいわけだ。
いつかでるのではないかという話題が、やはり出てきたかという感じだ。ヒトラーにはユダヤ人の血が混じっているというのは、何人かの研究者が主張していることである。退職して大学に書物をおいてきてしまったので、具体的には確認できないのだが、ヒトラーが、国民のユダヤ人の親族関係を調査させたところ、ヒトラーは4分の1のユダヤ人の可能性があることがわかり、ヒトラーはその事実の露顕を恐れて、調査した人間を殺害したという内容だったと思う。
この問題は、真相はどうかというよりは、そもそも「ユダヤ人とは何か」ということで、一冊の書物が書けるほどの複雑なテーマだということのほうが重要だろう。実際に、サルトルに「ユダヤ人とは何か」という本があり、翻訳もある。結局、なにをもってユダヤ人と考えるかは、人によって異なり、自分がユダヤ人であると考える人がユダヤ人である、というような、要するにあいまいな結論だったように思う。現在、主要なユダヤ人の多い国家であるアメリカでは、ユダヤ人協会に登録している人で、ユダヤ人の人数をカウントすることになっている。だから、自分がユダヤ人であると思い、ユダヤ教を信じていても、協会に登録しなければ、ユダヤ人にはカウントされないのだ。ユダヤ人は国家が滅び、世界中に拡散していって、その地方に同化した人もいるが、ユダヤ教を守って、独自のまとまりを保持したことで有名なのだが、それでも、各地での存在形態は様々であるし、同じ「ユダヤ人」として括ることに無理があるのだ。ただ、明確にユダヤ教の信者であったり、あるいはユダヤ人協会に属していれば、ユダヤ人であるとはいえるだろう。そういう意味で、ヒトラーは、ユダヤ人だと自分を思っていなかったろうし、当然ユダヤ教徒ではなかったのだから、ユダヤ人ではないと規定することもできる。しかし、ヒトラーは、とりあえず、ある人をユダヤ人として認定したら、その親族をユダヤ人と規定したのだから、その意味では、ユダヤ人にカウントされるはずではあった。だから、調査員を殺害して口封じをしたのだろう。
ではラブロフ外相のいうことは、あたっているのか。
もちろん、詭弁以外のなにものでもない。ナチであるかどうかは、血の問題ではない。もちろん、ラブロフは、「ゼレンスキーはユダヤ人だから、ナチではない」という論法を否定することで、ユダヤ人だってナチでありうる、といいたいのだが、ナチというより、ナチ的な全体主義者であるかどうかは、その政治姿勢・スタイルで判断すべきものだろう。
・極めて強圧的な独裁者で、部下に対しても、国民に対しても、冷酷で弾圧を躊躇しない。
・徹底的な言論統制。一切の反対勢力を許さない。
・正規軍のほかに、強力な軍隊であると同時に、直轄管理する親衛隊をもつ。
等々の特質をもつ場合、ナチ的とかファシズムと規定すべきであろう。そういう意味で、ゼレンスキーの政策に疑問もあるが、とうていナチ的とはいえない。むしろ、プーチンこそ、ナチ的性質をすべてもっている。現在政権をとっている、どの独裁者よりも、ヒトラーに近いのがプーチンだろう。
プーチンがヒトラーと同等の人間であるとしたら、今後起こることは、だいたい予測がつく。
まず、ロシア国民にどれほどの犠牲がでても、自分の地位が脅かされることがない限りは、戦争を続けるに違いない。ロシア人の兵士がどれだけ戦死しようが気にせずに、どんどん新兵を徴兵して送り出す。相手は民間人だろうが、容赦なく爆撃する。自分自身から敗北を認めることはない。
戦争が終わるのは、プーチンが大統領でなくなるときだが、地位が脅かされるといっても、取り巻きたちの進言レベルではなく、クーデター、あるいは暗殺計画が成功する場合だけだろう。
もしプーチンが、途中でウクライナに妥協したり、敗北を認め、自ら大統領を辞任して、政界を引退したら、ヒトラーとは多少違うということになるのだが。
蛇足になるが、ラブロフ外相の表情をみていると、職務にかなり嫌気がさしているのではないかと推測できる。もちろん、プーチンに反対などすれば、生命すら危ういのだから、だまって従わざるをえない。どんなにデタラメであるとわかっていても、そのように発言せざるをえないに違いない。侵攻当初は、ロシア軍はウクライナに侵攻などしていないと、外国の記者たちに堂々と話していたが、その内、「戦況は・・」などといいだしたのには、正直笑ってしまった。しかし、自分がでたらめを世界に向かって発信していることは、もちろん自覚しているだろうから、心労もかなりのものだろう。ロシアが勝てないことも知っている、そして、明確に敗北したとき、ロシアの高官たちは、国際的な裁きの場に引き出される可能性すらある。かといって、外国に亡命したとしても、プーチンは、海外まで暗殺団を派遣することも、十分に知っている。
全体主義国家に生きることは、高官として贅沢しても、やはり、ごめん被りたいものだ。