あらためてプーチンという人物を考えてみる

 プーチンという人物をどのように評価するかは、その人の価値観なり人間観の反映であるかも知れない。なにしろ、多面的な人間なので、どの面に惹かれるかによって、評価する人物の人間観が表れるのではないだろうか。オリバー・ストーンは、プーチンと何度も面談して、著作とドキュメント番組を制作したが、最終的にプーチンを肯定しているかどうかは別として、かなり優秀で思考力のある人物であると見ている。ストーンと話すプーチンは、確かに頭脳明晰で、自信をもっている。同じアメリカ人たちが制作した『プーチン 戦争への道』というドキュメントは、まさしくプーチンを暴君として扱っている。これは4月24日にNHKBSで放映されたもので、KGBの要員だったドレスデン時代から、ウクライナ侵攻までのプーチンの歩みをふり返りつつ、様々な人がプーチンについて語った内容である。プーチンの歩みそのものは十分に知られているが、彼を知る人のプーチン評や、いくつの場面の映像は非常に興味深かった。『プーチン 戦争への道』によって、少しプーチンの足跡をみておこう。

 プーチンの基本的人格を形成したのは、KGB時代にカウンター・インテリジェンスが役割であったことだったとする。これは、敵だけではなく、仲間の内に潜む敵のスパイなどを見つけ、排除する役割で、すべての人間を疑う資質を形成したという。そして、ドレスデン時代にベルリンの壁の崩壊、そして、帰国後にソ連そのものが崩壊したという、人生最大の挫折体験をする。そして、ソ連崩壊後の国家の混乱を目の当たりにして、国家は強くあらねばならないという信念を確固たるものにした。
 次の彼の人間性を形成したのは、エリツィンに見いだされたことだった。この番組によると、エリツィンは、全体主義的要素は本当に破壊しようとしていて、有能なプーチンをSFBの長官に据える。プーチンは、自分の信念とはまったく正反対であったにもかかわらず、エリツィンの部下として「民主主義者」として振る舞う。ここで、アメリカ制作の番組らしく、クリントン大統領の逸話がはいってくる。クリントンは、プーチンの人物に興味をもってモスクワにいき、プーチンと面会した。そのとき、プーチンは自分が上であることを、殊更見せつけようとして、横柄な態度をとった。クリントンは、そのあとエリツィンを訪れ、プーチンには注意をするようにと忠告した。そして、その後おそらく亡くなる少し前のことだろうが、プーチンを後継者に選んだことを後悔したという。ここらは、レーニンとスターリンの関係によく似ている。レーニンが、個人的にスターリンを後継者に指名したわけではないが、後継者にする点で、重要な役割を果たしたことは事実だ。しかし、レーニンとスターリンは、路線が異なっていき、レーニンはスターリンを排除しようとするが、結局病に倒れたレーニンは排除できず、後悔しながら死んでいく。おそらく、スターリンも、当初はレーニンに忠実に振る舞っていたのだろう。しかし、スターリンは、レーニンの死後、次第に独裁者としての資質を露にしていくのである。
 プーチンが首相になると、早速、プーチンらしさを示すことになる。モスクワのアパートで爆発が起り、チェチェンのテロリストの仕業だということになり、チェチェンをプーチン自ら出かけて「テロ対策」を行う。大統領になったあとの北オセチアでは、「テロリスト」が学校を占拠するので、プーチンは学校を包囲、子どもたちがいるにもかかわらず、学校を砲撃する。多くの子どもたちが焼死体となってしまう。今回のウクライナ侵攻で、産婦人科の病棟を爆撃するなどは、まったく気にしないプーチンの性格があるからだろう。
 逆の面として、この番組で興味深かったのは、大統領になったプーチンは、自分を民衆にかっこよく見せるための工夫には、極めて熱心に取り組んだということだ。柔道なども、単に身体を鍛えるだけではなく、人気獲得の手段であるようだ。しかし、その後立て続けに、プーチンを残忍な独裁者に駆り立てていく事件が起きる。キルギス、ウクライナ、ジョージアで起きた反プーチンデモ、更に、アラブの春だ。とくにショックを与えたのは、カダフィ大佐が殺害されたことだった。そうして、政敵は徹底的に排除し、更に殺害するようになる。外国に逃げれば、外国まで追いかけていく。この点でも、スターリンを思い出させる。スターリンの政敵トロツキーが、殺害されたのは遠くメキシコだった。
 現在のNATO対応を最初に世界にむけて宣言したのは、2007年のミュンヘン安全保障会議だった。そこで、アメリカを含む欧米の有力者たちを前にして、NATO拡大政策を激しく非難したのだ。NATO拡大への対抗が、その後のプーチンの政策の軸となっていく。しかし、プーチンが少しでも、民主主義的システムへの尊敬の念をもっていたら、その後の展開は、違っていただろう。2012年の大統領選挙において、プーチンは当選したが、不正選挙だったと思われている。いや、思われているだけではなく、不正を示す映像がSNSに流されたのだ。トイレに捨てられた大量の投票用紙、消せるボールペンが用意されて、投票結果が変えられていく様子などが映っており、不正が行われていたことは、疑いもなかった。しかし、プーチンは、政敵をどんどん逮捕追放していく。そして、その後は、2014年のマイダン革命、それはプーチンからすると、新ロ派大統領のヤヌコヴィッチ追放の、CIAが絡んだクーデタだった。その対応策としてクリミヤ半島奪取、東部親ロ派地域の独立画策へと続いていく。そして、その総仕上げが、今回のウクライナ侵攻というわけだ。
 これが、この『プーチン 戦争への道』の内容だが、この番組では、プーチンの侵攻目的は、「NATOの不拡大」などではなく、ロシア帝国の再建としている。つまりロシア皇帝になるためだというのだ。
 さて、この番組自体は、やはり、バイデン政権の側による一種のプロパガンダと解釈せざるをえないことも確かだ。とくにそれを示しているのは、トランプとプーチンの関係である。プーチンが直接指示したかどうかは別として、プーチンがサイバー攻撃をかけて、2016年のアメリカ大統領占拠に介入し、ヒラリー・クリントンのメール事件を起こして、ヒラリーの失墜を謀り、トランプが当選した。そして、トランプがプーチンと会談後、共同記者会見をした様子が映像として採用されている。そこで、記者が、プーチンによる選挙介入があったという噂だが、と問われたトランプが、そんなことをするプーチンではないとプーチンを擁護するのだが、いかにも自信なげの様子で、そのとき、プーチンはさかんに苦笑いをしているのが印象的だ。プーチンの介入とは無関係に、私はトランプを支持しないが、番組の目的からみれば、このトランプの逸話は不要だったようにも思われる。
 
 さて、ではこの戦争の目的は、この番組のいうように、明確にロシア帝国の再建なのか、あるいは、通常いわれる、ウクライナのNATO加盟を阻止することなのか、更に、東部の2共和国とその周辺を領土的に確保することなのか。単純に考えれば、すべてだろう。しかし、戦闘状態によって、どこかで妥協する場合があるだろうから、最大目標は、やはり、ロシア帝国の再建に違いない。そして、そういうことをめざすプーチンの人間的資質を考えざるをえなくなる。
 プーチンが、極めて冷酷、残忍な性格であることは、誰も否定しないだろう。おそらく、最も近くで忠実に仕えている者も、そのように思っているに違いない。そして、思考力や分析力、記憶力などが非常に高い人物であることも否定できない。他方、このような無謀な戦争を起こすのは、精神的におかしくなっているのではないかという、アメリカでの評価がある。まともな精神状態なら、こんなことはやらないというわけだ。また、身体的な特徴から病気を疑う者もいる。年齢からみて、健康上の問題がある可能性はあるだろうが、彼が精神に異常を来しているとは思えない。というのは、もし、ロシア帝国の再建を望むなら、今は最後のチャンスだったからだ。
 ウクライナがNATOに加盟してしまったら、その野望は不可能になる。昨年来、ウクライナ国境近くで大規模な演習をやって、ウクライナを脅してきたが、逆に、アメリカ等の援助を深く受けるようになって、ウクライナ軍が整備されてきている。しかし、ゼレンスキーの支持率は極めて低くなっており、国民の信頼を失っている。アメリカ軍の指導がより徹底して、ウクライナ軍が整備され、その結果として、事実上NATO加盟が近づく危険性がある。だから、待っているべきではないし、今なら、ウクライナも混乱しているし、それほどの困難なく、ウクライナを屈伏させて、親ロシアの政権に変更できるだろう。そう考えるのは、けっして不合理ではない。だから、プーチンなりの合理的な判断でウクライナ侵攻に乗り出したと考えるのが自然で、プーチンの頭脳は、彼の目的からすれば、合理的に動いている。そして、残忍な性格にふさわしく、冷徹にロシア軍がウクライナを攻撃するように命令している。
 しかし、この21世紀に、19世紀的な、ぎりぎり20世紀前半的な領土的野望を、軍事的に実現しようというのは、誇大妄想ではないかとも言わざるをえない。コロナ禍のあいだ、歴史を猛勉強したといわれているが、国際関係を無視したロシア史の再構成をしたに違いない。ウクライナを欠いたロシアは、ロシア帝国にはなり得ず、ウクライナをあわせて、初めてロシアはロシア帝国になるのだというのだ。しかも、ロシアとウクライナとベラルーシはもともと同じ民族である兄弟国なのだ、と。とすると、兄弟国であるウクライナを攻撃するのは、「名誉殺人」のような価値観なのだろうか。反抗する兄弟は殺害してしまうという人間性は、逆にいえば、そうしなければ殺されるという不安を、強烈に抱いているということだろう。
 もっとも近づきになりたくない人物だ。
 少なくとも、プーチンの人間性を考えれば、停戦が可能な人物とは思えない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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