ウクライナ侵攻はなぜ起こったか トルストイ流に考える3 中東産油国とドイツ

中東産油国
 日本人からみると、あれだけ不当なロシアのウクライナ侵略は、北朝鮮や中国、そしてシリアのような超独裁国家、しかも、かなり非人道的な独裁国家しか支持していないのは当然として、他の国はロシアとの交流など断って、制裁を加える側にたつと思われるが、実際には、非難決議には賛成しても、実際に経済制裁をせず、あるいはウクライナに、様々な援助をすることを拒む国家も少なくないことは、不思議な感じがする。しかし、国際的にみれば、民主主義国家よりは、独裁的な国家のほうが多いことは、忘れるべきではないし、中国やロシアの経済的影響を受けている国は多いのである。
 だから、中東産油国が、反ロシアの実際行動をとっていないことは、意外ではないのかも知れない。しかし、私が認識していた以上に、中東産油国のアメリカ離れは進んでいた。

 ウクライナ侵攻の影響として、ロシアの主要な輸出産品であるエネルギーと小麦が、NATOやG7の国以外には、大きな意味をもつことになった。農業がほとんどできない中東産油国にとって、食料の確保は、死活問題である。だから、ロシアとの関係を維持しておきたいと思うだろう。ロシアかオデーサを落して、ウクライナの小麦輸出を不可能にすると、中東産油国には痛手になるという側面もある。中東産油国の協力を極めて重視して、優先的にロシアが小麦を提供することになれば、ウクライナとその支援国家には、ロシアへの経済制裁の効果が薄れてしまうことなる。
 他方、石油増産は、自国の経済よりは、国際的な影響力の重要なファクターとして考えるだろう。原油の高値がずっと維持されているのだから、アメリカの要請を受けて増産する必要は、確かに中東としてはないわけだ。しかし、石油を増産して、高止まりを抑えれば、EUや日本にとって大きな救いとなり、先進国との協調という点からは、有効な選択になる。しかし、増産しなければ、ロシアを助けることになる。現在のところ後者を選択しており、ロシアに恩を売って、食料の確保をめざしていると考えられる。
 しかし、ここまで中東のアメリカ離れが進んでいるとは、私には意外だった。
 アメリカの中東政策が、長い間かかって、次第に中東諸国に対して、不信感を抱かせてきたことは、いくつもの事態で感知できる。イスラエルに対する肩入れ(近年は、産油国自体がイスラエル政策を変更しているが、これは、オバマ政権におけるイスラエル肩入れの低下に応じているといえる。)、どう考えても理不尽なイラク戦争(単に、理由がないだけではなく、スンニ派のイラクを攻撃したことは、シーア派のイランを強大化することになり、多くの中東産油国にとってマイナスである)、アラブの春におけるアメリカの不可解な行動(特に対シリア)等々を経て、アメリカへの不信とロシアに対する積極的姿勢が生まれていたわけだろう。
 ただ、人権を標榜するアメリカが、サウジアラビアのような人権抑圧国家と極めて協調的であったことは、ダブルスタンダードであり、いつか矛盾が露呈することは、必然だったともいえるのである。
 はたして中東諸国が、多少なりとも、ロシア寄りの姿勢を継続できるのだろうか。
 キーウ近郊での大虐殺が明るみになっても、ロシア寄りを継続するには、いろいろな難問か襲いかかってくることなになる。中東諸国もかなりの独裁国家だが、国際的評価は気にしなければならないはずだ。
 
ドイツ
 ドイツという国家をどう理解すればいいのだろうか。二度の世界大戦の主役であり、二度とも手ひどい敗北をした。しかし、二度も世界大戦を引き起こすことは、すなわち世界の覇権国家をめざしていたことを示している。実際に、敗れたとはいえ、第一次大戦では、覇権国家イギリスを、その地域から引きずり降ろした。第二次大戦では、あまりに非合理的なヒトラーのために、経済力と国際的威信を失う結果になったが、それでも、ドイツの基礎国力は大きなものがあり、EUの成立、ソ連体制の崩壊によって、ヨーロッパの中心的地位を確立した。「三度目の正直」という夢の実現を、ドイツはいまでももっているのだろうか。それとも、完全に棄てたのだろうか。
 私の理解する限り、日本は、「大東亜共栄圏」の夢を再度実現しようと、本気で考えている政治家がいるとは思えない。長い歴史のなかで、周囲の国家は、中国に朝貢することによって、安全を確保してきたが、日本は、朝貢をした時期は、極めて短い。島国であることを利用して、超大国中国からも、距離を置くことができた。そうした過去を踏まえて、バランス感覚を研ぎ澄ますことによって、超大国の争いに関わらない位置を保持していくことが、懸命だろう。
 しかし、ドイツは、ヨーロッパに位置し、たくさんの国と陸続きであって、ヨーロッパのリーダー国家であることを回避することもできないに違いない。イギリスがEUから脱退したあとは、尚更である。
 
 そうしたドイツの野望(?)はともかく、現在のドイツにとって、ウクライナ侵攻はどのような意味をもつのか。
 ドイツのエネルギーはロシアにかなり依存しているから、やはり戦争は避けてほしかったに違いない。まさかプーチンも馬鹿ではないから、愚かな行為はしないだろう、と。
 しかし、もしも、侵攻したら、ドイツにとって何がおきるのだろうか。
 ウクライナは弱いので、プーチンの目論見通り、ごく短期間に征服され、ゼレンスキーは拘束され、ヤヌコヴィッチが大統領に返り咲く可能性がある。たいした混乱が起きなければ、ドイツにとって大事なガス供給はそのまま維持することができるだろう。圧倒的なロシアに対抗することは、所詮無理なのだから、混乱なく平和が回復することが望ましい。ウクライナがロシア領になったとしても、これまでとあまり変化はないし、混乱が起きないことが、ドイツにとっては好ましい。
 そんなことをショルツ政府は、事前には考えていたかも知れない。
 しかし、そう考えていたとしても、ドイツの見通しは、外れた。この場合、見通しが甘かったというのが適当かは疑問だが、ウクライナは徹底的に抵抗した。最初のロシアの躓きは、ゼレンスキー暗殺のために派遣したロシアの特殊部隊が、アメリカが派遣していたこれも特殊部隊(民間だとも言われている)によって撃退され、ゼレンスキーの暗殺に失敗したことだ。この暗殺が成功すれば、あっという間にゼレンスキー政権は倒れ、闘う中心がいなくなり、ロシアの当初の予定通り、ウクライナは数日内に陥落することになった。しかし、最初の重要な任務が完全に失敗したために、ウクライナの戦意はあがり、アメリカ援助のシステムが機能しはじめて、ロシアは苦戦しはじめた。そして、アメリカは、巧みにロシアへの経済制裁を呼びかけ、欧米先進国は、そこにまとまっていった。
 ドイツとしては、ノルド2を諦めざるをえなくなった。しかし、これは痛い。なんとか、平和が戻ったときに、ロシアの機嫌を損ねないようにしないといけない。そして、打った手が、ポーランドが望んだ旧ソ連製の戦闘機ミグを、ドイツ経由でウクライナに渡したいという提案を蹴ったことだ。
 だが、これは適切な判断だったとは、私は思えなかった。とにかく、この戦争は、侵略者が敗北して撤退することによってしか終わらないだろう。(ウクライナが敗北し、ロシアが占領したとしても、その後長くゲリラ戦が続くだけだ。)そうなれば、当然プーチンは失脚ないし、ロシア人によって殺害される。形としては、敗北を認めた新しいロシア政府が成立する。そのときには、逆にドイツがノルド2を再開して、ロシアの天然ガスを買ってくれることを、ロシアが要求するに違いない。だから、ロシアの敗北をできるだけ早く実現することが、ドイツにとっての利益だったはずである。戦闘機を提供することで、ウクライナが完全に制空権を保持して、ロシアの戦闘機の活動を押さえ込むことができれば、現在とは戦況も変わっていただろうし、ロシアの敗北がより早くなる。
 そこで、ドイツの野望に戻る。
 ドイツが再びかつての大勢力になるためには、ロシアとの関係を良好に保つ必要がある。ヒトラーが惨めな敗北をしたのは、スターリンとの約束を破って、ソ連に侵攻してしまったからだ。ロシア(ソ連)という国は、みずからを守るためには、極めて強靱な粘りを発揮する。しかも、ヨーロッパとアジアにまたがる大国だ。だからこそ、ノルド2を建設して、ロシアとの関係を強化しようとしてきた。しかし、ウクライナ侵攻はあまりに酷い。これでロシアを庇えばヨーロッパにおける地位も危うくなる。これは確かだ。
 そこで、しぶしぶノルド2の棚上げを表明したが、それでも天然ガス等の輸入は完全かつ早急に打ち切るわけにはいかない。我が国の経済事情もあるし、長期的なロシアとの関係も維持する必要がある。
 いま、ドイツは、かなり深刻なジレンマに陥っているのではないか。ショルツは、メルケルなら、もっとうまくプーチンと話をつけただろうという、世間の評価がどうしても入ってくる。メルケルは、東ドイツ出身で、ロシア語も堪能だから。
 ロシアの天然ガスを諦めるためには、原発再稼働を促進しなければならない。日本と相談して、日本の原発ももっと再稼働させるように働きかけようか。そうすれば、我が国が再稼働に舵をきっても、風当たりは小さいだろう。
 こんなことを考えつつ、ロシアの非道が明らかになるにつれ、ロシアとの協調路線は、ますます難しくなっていることを感じているに違いない。
 私の素朴な疑問として、ドイツがNATOの、ヨーロッパにとける最有力軍事国家になることを、EU諸国は望んでいるのだろうか。
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です