アイヌを救うために、プーチンが日本を攻める?

 ウクライナへのロシアの侵略を受けて、日本もロシアに侵攻される危険性があるという議論がある。しかも、その前哨戦のようなことが行われていると主張する人もいる。北方領土で軍事演習をしたり、ロシア軍の艦隊が津軽海峡を通ったなどを、その根拠にしているわけだ。国際法に違反しているわけではないが、確かに日本としては、不快であることは確かだ。
 そして、更に、そうした推測を一部のひとたちに強めさせているのが、プーチンが2018年に行ったという「アイヌ民族は、ロシアの先住民族に認定する」という考えだ。
 プーチンがジョージア、クリミア、ウクライナに侵攻した際には、すべて、その地域に住むロシア人が圧迫を受けているので、その救援をするという名目が語られている。だから、日本でアイヌ民族が圧迫されているから、彼らを保護するために、侵攻するのだ、というような状況が想定されるというわけだ。そういう議論のひとつが、以下の記事に示されている。
 

 これを補強するわけではないだろうが、昨年の今ごろ起きた日本テレビ「すっきり」におけるアイヌ差別発言といわれるものも、問題になっている。日本にはアイヌ差別がある、だから、保護する必要がある、そして、ロシア軍の北海道侵攻の可能性という議論である。
 私自身は、そういう議論は非現実的で、ほぼありえない想定であると考えるが、絶対ないというわけでもないだろう。むしろ、ロシアとの間に紛争状態が起きるとしたら、やはり、北方領土の扱いでのトラブルだろう。そのことは、ここでは触れないが、アイヌ問題については、確かに、微妙な問題があることは間違いない。
 従来、日本政府は、「日本は単一民族の国家である」という建前をとっていたが、琉球民族やアイヌ民族という、通常の日本人とは異なる文化や伝統をもつ人々がいることを、現在では正式に認めている。そして、アイヌに対する保障政策も実施している。ということは、アイヌのひとたちが、ある意味援助が必要な状況に置かれていることを、政府として認めていることになる。もちろん、正当な理由にはならないが、プーチンがそれを利用する可能性が、全くないとはいえないのかも知れない。ただし、アイヌのひとたちが、日本人、日本政府のあり方に異論を唱えて、独立や自治権を主張することになれば、プーチンは飛びつく可能性は高いだろう。
 アイヌに関する文章をいくつか読んでみたが、明治になって以降、アイヌのひとたちの生活スタイルを、あまり考慮せずに、殖産興業でめざしていたことを押しつける側面が強かったことが伺われる。狩猟を主な生業としていたのに、農業が必要であると、半ば強制したが、実際になじめないので田畑を失う結果になったなどの弊害があったようだ。言葉も学校では日本語だけを使用することで、事実上日本語を強制することになった。
 国民国家形成途上から、多言語を承認し、学校教育でもバイリンガリズムを実施した国家などは、私の知る限り存在しないから、日本が特別おかしかったわけではない。しかし、プーチンの目指す「ソ連的大国の復活」という立場からすると、ソ連邦には、公用語が「正式」にはなかったことが、もちだされる可能性があるのかも知れない。ロシア革命後、ソ連が成立したときに、ソ連邦としての公用語をどうするか激論があったとされ、結局、レーニンの主張する公用語を設定しないという方針がとられることになった。もちろん、各共和国には公用語が存在したし、ソ連としても、「事実上」の公用語はロシア語だった。しかし、民族語の尊重が謳われ、学校教育でも、共和国の公用語と異なる民族語を尊重することは、規則としては決められていた。どの程度実施されたかはわからないが、そのように決められていたことは、重要な意味をもつ。
 
 20世紀も終りに近づいたころから、アイヌ文化等の保護に関する法令がいくつか成立している。ということは、それまでは圧迫があったことを、政府として認めたことになる。このことによって、アイヌのひとたちの誇りが満たされていけば、よいのだが、それでも尚不満があり、それが表面化すれば、可能性は低いとしても、プーチンがそれを利用する可能性はある。しかし、アイヌのひとたちがプーチンの侵略の口実になる可能性は、私は低いと思う。というのは、日本に住むアイヌのひとたちが、日本政府に不満をもって独立したいと主張したり、あるいは外部の国家に援助を求めたりするような可能性は、これまでの経緯を見ても、ないだろうと思うからだ。むしろ、そういうことが起こりうるのは沖縄ではないだろうか。沖縄には、多数の米軍基地があり、沖縄の人々の意志は、日本政府によって、頻繁にねじ曲げられている。そして、実際に、大きな力になったとは思えないが、主張としては沖縄独立論は唱えられていた。そして、沖縄は本来中国領土だという主張が中国でなされることもある。
 民主党政権が成立したときに、鳩山首相は、普天間の移設は、「最低でも県外」といって、それが実現できなかったので非難されたが、実現できなかったのは、主に日本の本土のひとたちが、協力しなかったからだ。まるで、おかしな主張であるかのように言う人が多かった。しかし、本当は、普天間基地の移設先はグアムでいいのだと思うし、そういう交渉をすれば、アメリカも絶対拒否ではないと考えられる。むしろ、沖縄内で移設してほしいのは、日本の、特に自民党だろう。軍事的に日本がアメリカによって守られている側面は強いから、日本にある重要な基地がひとつなくなることに、ある種の危機感をもつことは理解できないわけではない。しかし、それなら、鳩山首相が追求した沖縄以外に移設する案は、もっと真剣に検討されてしかるべきだった。この議論を、私は当時ネット上でずいぶんしたが、鳩山批判をする人の多くが、沖縄差別の感覚をもっていることを感じた。
 こうした点が改められなければ、アイヌを口実にロシアが介入してくるよりは、沖縄を口実に中国が介入してくる危険性のほうが多いことを認識すべきではないか。
 外国の干渉を受けなくするためには、国内の民族差別を決して許さないこと、差別されているという感情をもたれることのないような状況を作り上げることである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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