「ウクライナ侵攻はありえない」論はどこが外れていたか

 ウクライナ戦線は膠着状態になっている感じがあるが、つい先日、ウクライナ侵攻はありえないと断定していた文章を見つけた。もちろん、そういう予想はいくらでもあったが、書名入りで、詳細な文章として見通しを書いているのは、あまりなかったような気がする。
 「ロシアのウクライナ侵攻はあり得ない、これだけの理由 ウクライナの悲劇と茶番劇」杉浦敏広 2022.1.26 JBpressである。
 この文章を検討してみたいと思ったのは、別に間違ったことを揶揄するためではなく、どこに予想が外れて、間違ったことを書いてしまったのか、その判断のどこが事実と異なって、予想と異なる事態が進展してしまったのかを探るためである。混沌とした事態の先を、正確に予想することなどは、ほとんど不可能なのだから、間違うこと自体は、私はそれほど不名誉なことではないし、また、訂正しながら、正しい認識に近づいていくのだと思う。しかし、やはり、冷静に間違いの所以を検討することが必要だろう。こうして文章を書いている私自身にとっても、他山の石とみなすべき文章だ。
 本人からの、現時点でどう考えているかの投稿はないようだ。

 この文章は、有料記事で、有料会員でないと、最初のページを読むことしかできないので、内容の全体を簡単に整理しておきたい。
 
 まず注目されるのが、ゼレンスキーの写真のキャプションとして、「ロシア侵攻を喧伝して最も得をするのがウクライナのゼレンスキー大統領」と書かれていることだ。以下文章の要約である。
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 ロシア軍のウクライナ侵攻は、必要性も必然性も大義名分もない。望んでいるのは、日本を含む欧米であり、ゼレンスキー大統領その人である。
 西側のテレビは、毎日ロシア軍の演習風景を映して、ロシア軍が侵攻するのではないかと不安が広がっている。サブリミナル効果を狙っている。
 ロシアはウクライナのNATO加盟阻止が目的。米国が加盟を認めれば、ロシアの侵攻を正当化することになる。
 ロシア軍がウクライナ侵攻すれば、NATO加盟を米国が認めることになる。
 だから、両国の政治的意志を実現する手段は戦争ではない。(クラウゼビッツによる政治である)
 米ロ協議は妥協する。
 原油価格の上昇でロシアは潤っている。
 ウクライナの子どもが射撃訓練をしている映像が流されているが、ゼレンスキーが世界の同情をかうために偽情報をだして、茶番劇を演じている。
 ロシアのレッドラインはウクライナのNATO加盟。米国はロシアのウクライナ侵攻。
 米国は、武器をウクライナにいれている。SWIFTからロシアを排除も発表。
 従って、双方がレッドラインを設定して、戦争を避けようとしている。
 1月21日に米ロ外相会談で、ロシアはNATO東進せずを文書で確約してほしいと要求、米国は31日までに回答するが、非公開を要求した。
 このあと、ロシアはミサイルをキューバかベネズエラに配備しようとし、米国が拿捕。協議の結果、ミサイル船をロシアは引き返し、米国はNATO東進せずを密約する。(こういう筋書きが予想される。)
 それはゼレンスキーが困る。ウクライナがロシアのガスを抜き取りしている。
 ロシア軍の演習は、ウクライナから離れたところでやっている。
 ウクライナ侵攻はロシア軍にとって利益はなく、第三次世界大戦が必至。
 侵攻がないと困るのはゼレンスキーで、2024年の大統領選挙が不利になる。ウクライナが蘆溝橋をしかける可能性がある。
 ロシアがウクライナでクーデタをしようという情報があるが、偽情報である。ロシアはカラー革命を恐れている。カラー革命は、実態はアメリカが起こしたクーデターである。
 結論としては、ロシアによるウクライナ侵攻はありえない。米ロ双方がレッドラインを理解している。
---以上
 一読してわかることは、筆者はゼレンスキーに対する徹底的な不信感がある。ウクライナは、ロシアがヨーロッパに送るパイプラインから不当に抜き取っており、それを追求されるとこまる上、2024年に迫った選挙で、このままだと敗れてしまう。だから、なんとか戦争にロシアや西側を戦争に引きずりこんで、支持率を上げる必要があると考えたから、ゼレンスキーが戦争を望んでいたのだという解釈である。そして、プーチンもバイデンも、レッドラインを設定して、それを守る意志があり、戦争を欲していないので、戦争は起きないと考えていたわけだ。
 私は、ゼレンスキーがここまでいわれるほどの人間であるかは断定できないが、ゼレンスキーの政策がロシア侵攻を呼び込んだ要素が皆無ではないとは思っているし、その旨書いてきた。ゼレンスキーについての私の推測は、ロシアによる侵攻の危険は感じていたために、過度に反応し、NATOとアメリカに過剰に期待をかけてしまったのではないかということで、ウクライナにロシア軍が侵攻してくること望んでいたとは、とうてい思えない。
 
 しかし、ここでの筆者の主な読み違いは、アメリカの対応に関してであったと思う。
 アメリカは、レッドゾーンをロシアも認識しており、従って、それが相互に働くことによって、アメリカもロシア(プーチン)も、戦争は欲しない、何故なら第三次大戦になってしまうからだ、と筆者は認識していた。しかし、バイデンの置かれた状況を十分には考慮していなかったのではないだろうか。
 バイデンの支持率はかなり落ちており、秋の中間選挙を控えて、苦しい立場にある。そこで、プーチンがウクライナに侵攻することは、バイデンの支持率上昇をもたらす可能性がある。しかも、アメリカが戦争に巻き込まれることを回避できれば、アメリカとしての損害はほとんどない。だから、バイデンにとっては、ロシアのウクライナ侵攻は、歓迎すべき側面があったことは否定できない。
 しかも、アメリカ軍需産業にとっては、莫大な利益となる。
 バイデンが、ロシアがウクライナに侵攻しても、アメリカが直接戦線に加わることはない、そんなことをしたら第三次大戦になってしまう、と早々と宣戦布告しないことを明言したことは、プーチンにとっては侵攻への障害がひとつなくなったことを意味する。従って、筆者の判断とは異なって、アメリカにとっては、ロシアのウクライナ侵攻は、避けなければならない状況ではなく、むしろ、戦線拡大を回避することかできれば、アメリカの利益ともなることだった。これが、筆者の判断ミスの第一ではないかと思う。
 もちろん、バイデンのこのような対応が、間違いであったと断言できるかどうかは、検討の余地がある。参戦の可能性を暗示することで、国内対立が激しくなる危険性もある。また、断固として強い姿勢をとることによって、プーチンを更なる冒険に走らせる危険性もある。アメリカが参戦しない範囲で、ウクライナを攻めようという、抑えた侵攻になる。だから、兵器援助等で長期的に、ロシアを敗ることは可能だと判断も成り立つ。
 
 第二は、プーチンに対する見方である。
 筆者は、レッドゾーンを問題にしている。それは確かにそうなのだろう。しかし、プーチンの戦争の目的は、ウクライナがNATOに加盟しないことだけではないのは明らかだ。レッドゾーンは、そこを超えたら「確実」に戦争を開始するということだろうが、戦争で獲得しようとするのは、もっとも大きなことだったろう。ウクライナを属国化する(傀儡政権を成立させる)、東部自治共和国を承認させることも、最低限の獲得目標であるに違いない。
 しかも、プーチンの哲学(KGBのというべきか)では、敵を政治的に倒す場合、徹底的に相手の弱点、多くはスキャンダルを探し出す、そして、どうしても見つからない場合には、スキャンダルを作り出すというものだ。だから、ウクライナがレッドゾーンをどうしても超えない場合には、それ以外の戦争の口実を「作り出す」ことも厭わない人物であるということだ。それが、「東部のドネツクとルガンスクの自治共和国の「独立国家」として承認し、同盟を結び、援助を要請され、そのために軍隊を派遣する」という口実の創作だった。トランプが「天才的」と褒めた手法だ。ずっとロシア-ウクライナ問題を追ってきた人であれば、そうしたことは十分に予想できたことに違いない。アメリカ情報機関のように、正確な把握はできないとしても、その可能性を否定することは、間違っていた。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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