BBC受信料問題とNHK

 今年の1月に、イギリスのジョンソン首相が、BBCの受信料の制度改革を提起したことが、各国で議論になっているようだ。日本でもNHKの受信料をめぐっては、大きな問題となっている。各国の公共放送の受信料のあり方については、BBCが原型となっているということで、BBCが制度変更すれば、大きな影響を各国に与えるに違いない。ただし、ジョンソン首相にしても、また、日本の受信料否定論の場合も、ある意味リベラルな放送姿勢に対する保守的な立場からの拒否的姿勢が影響していることに注意する必要がある。BBCにしても、NHKにしても、それほどリベラルであるかについては、疑問があるが、政権の広報機関になりきっていないことは確かだ。根本的には、受信料を払って支える「公共放送」が必要であるかどうかが問題だろうが、その前にまずは各国の状況を踏まえておく必要がある。
 総務省の「公共放送の在り方に関する検討分科会事務局」が作成して「諸外国の公共放送の受信料制度の状況」という文書がある。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000697727.pdf
 ここに、イギリス、ドイツ、フランス、フィンランド、韓国、日本の比較が整理されている。この資料を見ると、NHKは意外にもかなり緩い状況だということがわかる。
 支払い対象だが、多くは受信機を設置している人、事務所を対象としているが、ドイツとフィンランドは、受信機の有無に関係ない。受信機がなくても支払い義務があるわけだ。そして、強制徴収は、イギリスと日本がしておらず、それ以外は強制徴収している。つまり、支払わないときの罰則がないのは日本だけである。イギリスは、強制徴収はしないが、支払わないと罰則がある。しかも、報道によれば、刑事罰の対象となるから、かなり厳しい。ジョンソン首相は、この刑事罰を無くしたいという意向のようだ。ドイツとフィンランドは、受信機がなくても、強制徴収され、払わないと罰則があるということだからは、日本なら、NHK受信料を拒否する政党の支持率があがるかも知れない。
 イギリスは、強制徴収ではないといっても、刑事罰までの罰則があるのだから、実質的に強制であるとすると、私の推測だが、それがある程度受け入れられているのは、インターネット配信が行われているからだろう。NHKも遅まきながら始めているが、かなり遅れていたと思う。受信機もインターネットもない家庭はほとんどないということなのだろう。
 日本が緩いという結果だろうか、日本の徴収率が圧倒的に低く、また、徴収費用が圧倒的に高い。
     イギリス  ドイツ  フランス  フィンランド  韓国  日本
徴収費用 147億円      217億      31億             不明              65億     773億
費用/全体       2.2%     2.2%      1.0%         (国が負担)        10.1%   10.8%
徴収率         93.4%      95.9%    90.73%                            99.9%   82.1%
 以上の数値を見ると、いかにNHKの成績が悪い、表現をかえれば、苦労しているかがわかる。徴収費用の割合は韓国とあまりかわらないが、韓国の徴収率はほぼ100%だ。それに対して日本は8割強である。ヨーロッパに比較すると、徴収費用の全体に対する割合が、まったく高い。その理由は、日本人のNHK、公共放送に対する評価が低く、不満が高いことの現れで、ヨーロッパは評価が高いからだ、と考えるのは早計のような気がする。おそらく、強制徴収ができないことと、罰則の有無が大きく影響しているだろう。韓国は、電力公社が徴収を委託されているというのだから、電気料金と一緒に徴収されるのだろう。払わなければ電気を止められる仕組みなのではないだろうか。それならば、100%に近い徴収率も納得できる。
 
 さて、受信料問題をどう考えるか。大分前、政治問題化したり、NHKが訴訟を起こしたりしたときに、この問題について書いた。そのときには、私自身、NHKを今よりは多く見ていた。勤めていたときには、寝室のテレビを朝の6時にスイッチが入るように設定して、 出かける前まではNHKにしていた。だから、ほぼ朝はNHKを1時間以上は見ていたことになる。しかし、今はリアルタイムでNHKを見ることは、ほとんどなくなった。テレビそのものを見なくなったが、食事のときには、報道中心のワイドショー、最近はウクライナ情勢のためにBBC、あるいはCNNのほうが多い。では全然見ないかというと、BSのドキュメンタリー番組、特に海外の放送を録画して、そのなかから見たいものを選んで見るというスタイルになっている。NHK特集を含めて、海外のドキュメンタリー番組は充実しており、さすがにNHKだと思うことが多い。しかし、これも、海外放送がもっとも安価に見られるようになれば、わざわざNHKでなくてもよいわけだ。デンマークでは、500チャンネルくらい視聴可能な衛星放送があり、それほど高額ではないと、大分前だが聞いたことがある。日本のCSは、字幕や二重放送にしているために、非常に経費がかかっており、そのために視聴料が高くなっている。デンマークでは、海外の放送を生のままで中継するだけなので、料金も安いようだ。
 ただし、それでも、NHKが受信料を徴収する場合、私は払うと思う。先日地震があったとき、すぐにテレビをつけたが、やはり、NHKにする。災害情報は、やはり圧倒的にNHKが優れている。全国に支局があるから、どこで災害が起きても、現地取材を迅速に行えるからである。日本のような災害大国では、絶対に必要なメディアの機能だ。
 ただし、基本的には、NHKのスクランブル化には賛成だ。ジョンソン首相の案も、おそらくスクランブル化なのだろうと思う。全然見ない人が支払い義務があることは、やはりあまり賛成はできない。
 NHKは大きな受信料収入を背景に、あまりにたくさんの番組をもちすぎていると思う。あらゆるジャンルの番組を制作しており、そのために民放を圧迫していることは明らかだ。NHKがスクランブル化して、収入が減少し、事業規模を縮小したからといって、民放がそれだけ改善されるかどうかはわからないが、ネットで見る映像が増えている現在、NHKが総花的に番組を制作する意味はなくなっている。
 しかし、その場合、スクランブル化したときに、NHKと契約する家庭がどの程度あるだろうか。スクランブル化する場合には、テレビだけではなく、当然スマホやタブレットも対象にできるから、潜在的対象は拡大するが、実際に契約して料金を払う人は、かなり減ることになるだろう。その減少があまりに大きく、災害報道などにも支障がでるようでは、元も子もない。この点を解決するためには、もっと大きなシステムの変更が必要なのかも知れない。オランダの放送システムは、ひとつのヒントを与えてくれるかも知れないが、そうした考察は別の機会にしたい。
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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