ウクライナ情勢の進展とともに、日本での防衛問題について、反射的に、増強しなければならないとの主張がネットでは増えている。しかし、それらの意見の状況認識は、極めてお粗末であるといわざるをえない。ウクライナにロシアが侵攻したのだから、日本にだって攻めてくる、だから、それに対応するために軍備を増強すべきだというわけだ。ちなみに日本は、核はもっていないが、軍事力としては、国際的には上位にあるとされており(実戦をしたことがないので、本当の実力はわからないが、日本人の軍隊だから、敵に怖じ気づいて戦意喪失などということは、ないと信じる。)、しかも、アメリカとの軍事協力があるのだから、ロシアがそんなに簡単に侵攻してくるとは考えられない。本当にそういう事態が生じたとしたら、日本の政府が余程挑発的なことをしてしまうか、あるいは相手の挑発に乗ってしまうという失策によるものだろう。実際に、太平洋戦争に日本が突入したのは、アメリカの挑発的政策に引き込まれてしまった側面がある。日本の当時の政治家たちが、本当に冷静に考えて行動していれば、アメリカの挑発にひっかかることを、なんとしても回避したに違いない。
そんなことを今更言っても仕方ないということは、過去の反省を未来に活かすことを否定することでもある。そして、現在の状況でいえば、ウクライナの対応が適切であるのかに関する冷静な判断が必要であることも示している。
私は、プーチンの侵攻をいささかも肯定するものではないが、アメリカやNATO、そしてウクライナ、特にゼレンスキー大統領の昨年からの対応について、かなりの疑問をもたざるをえないし、ゼレンスキーのやり方が異なったものだったら、状況は変わっていた可能性が高いと思っている。そして、そういう検討は、今後のロシアや中国との対応について考える上でも、とても重要だと思うのである。
現在のゼレンスキーは、亡命もせずに前面に出て抵抗しているから、その点はりっぱであると思うが、市民が全員戦闘員になれといっているような対応には疑問を感じざるをえない。市民が皆武器をもち、ゲリラ戦を行っているという想定になると、ロシアの攻撃が、「市民を避ける」という必要がなくなってしまう。市民はあくまで非暴力による抵抗に徹し、兵として参加する者と区別するほうが、危険を避けられるし、また、国際社会に訴える説得力が増す。
日本の問題を考えるには、南京事件などの扱いについて、今後注目してみる必要がある。「南京虐殺はなかった」派は、中国兵が便衣兵となって市民に紛れ込んでいたので、兵隊と市民との区別がつかなくなり、市民全体を中国兵として扱わざるをえなくなり、従って、市民を違法に殺害した状況ではなかったと主張している。ロシアが、ウクライナでは、すべての市民が武器をとり、火炎瓶を所持しているのだから、町全体を攻撃しても、それは正当な戦闘行為であるといったら、どう対応するのか。南京事件は、単なる歴史解釈の問題かも知れないが、ウクライナでは、実際に、一般市民が火炎瓶をもって闘うことの効果と、それによって生じる危険性を冷静にみれば、私は危険性のほうが大きいように思うのである。
ゼレンスキーへの疑問は、プーチンが侵攻を実施する前の段階での対応である。その疑問はいくつかある。既に書いたこともあるが、再度整理しておきたい。
1 ロシアの侵攻の理由のひとつが、東部の自治共和国の独立宣言と承認、そして、支援依頼に応えるということだ。ミンクス合意やその運用について、双方に大きな主張の食い違いがあった。武力衝突があることは事実だが、どちらが最初に、そして大きな力で武力行使しているのか、当然、双方が相手を非難しているわけで、正確なことは分からない。だから、推理するしかないのだが、ごく自然な流れとして起きうることと考えるのは、やはり、ウクライナ政府が自治区を圧迫しており、それに対して自治区が反撃していると考える。自治区としては、自治の尊重をしてもらえれば、とりあえずは満足のはずで、いきなり独立を求めていたわけではないと理解している。しかし、中央政府としては、それを認めないし、認めたら独立志向になると危惧して、押さえつけようとする。中央政府には、自治区に圧力を加える動機があるが、自治区は、もともと弱いのだから、自分たちが最初に武力を行使する動機に乏しい。この間のゼレンスキーの姿勢をみると、やはり、自治区に対して攻撃を激化させていたのではないかと思う。もし、武力を行使をせず、自治は認めるから、独立はしないように、という形で合意できていれば、ロシアが侵攻する口実を与えずに済んだ可能性がある。
2 ゼレンスキーは、EUとNATOに加盟することを、あまりに急ぎすぎた。また、加盟が実現するとしても、それにはまだ大分時間がかかることは明らかであったにもかかわらず、EUとNATOへの「仲間宣言」をすれば、支援が受けられるかのような思い込みがあったのではないかと思わざるをえないのだ。NATOは、ロシアがウクライナに軍事介入しても、NATOとしては、直接戦闘状態にはいる形での支援はしないと、明言している。おそらく、以前、支援をすると約束したとも思えない。NATOは核保有国が3つあり、ロシアも核保有国である。双方が直接戦争をすれば、核戦争となる危険があるのだから、加盟国ではないウクライナのために、核戦争の危険を冒すことには、かなりの躊躇があるはずだ。しかし、それにもかかわらず、NATOに加盟するなという、ウクライナに対するロシアの強い姿勢をあまりに軽くみていたように思われる。現在でも、NATOに対して、ウクライナ領空に飛行禁止区域を設定してくれ、という強い要請を続けている。冷厳にみれは、ウクライナはNATOを戦争に引きずり込もうとしているようにもみえるのである。
将来的には加盟に努力し続けるにしても、ロシアが自国の周辺に大軍を集めている状態を考慮すれば、国民を守るために、当面加盟はしない、程度の約束をして、ロシアを安心させる対応をとることは、当然とってもよかった対応ではないか。
最後に、ロシア-ウクライナ、中国-台湾、そして、それぞれと日本の関係を簡単に確認しておきたい。なぜ、ロシアがウクライナに拘り、中国が台湾に拘るのか。それは、歴史的に、ウクライナはロシアの一部の地域であり、台湾は中国の一部であったと、大国が考えているからである。国家は、領土内の地域が、分離独立することを生理的に嫌悪し、そうさせまいと武力を使って防ごうとするものである。民主主義国家として出発したアメリカでさえ、南北戦争が起きたのは、南部が独立しようとしたからである。ウクライナはかつてロシア帝国の一部であり、ロシア革命後のウクライナは、ソ連邦の構成国であった。ソ連邦が解体して、CISになったとき、ウクライナも構成国であった。その後ロシアと距離を置くようになり、西欧派とロシア派の政治的争いが続いたが、まだ、かつての東欧諸国のように、完全にEUやNATOの所属国になったわけではない。従って、ロシアにとっては、ウクライナは歴史的な経緯を尊重して、ロシアとの一族関係を維持すべきであるという意識を強くもっているのだろう。南部が独立しようとしたとき、戦争を起こしてまでそれを阻止したアメリカを考えてみれば、ロシアがウクライナに侵攻してまで、EU陣営になることを阻止しようとすることは、意外なことではないのである。ソ連邦の一部であったチェコが、独自路線をとろうとしたときに、ソ連軍を進駐させたが、ソ連邦崩壊後、チェコがEUに加盟しても、既に「身内」ではなくなっていたから、阻止するための強制措置をとることはなかった。
中国にとっての台湾も似た関係にある。もちろん、独立の権利は、一定の条件があるにせよ、原理的な権利だと思うから、武力侵攻で独立を阻止することは不当であるが、国家の生理として理解する必要はある。
ただし、日本は、ロシアに対しても、中国に対しても、一部の地域を構成しているわけではない。従って、独立して離れていくわけではなく、ロシアにも、中国にも、国家的生理としての侵攻をする要因は存在しない。もし、ロシアや中国が日本に侵攻してくることがあるすれば、日本国内の一部勢力が、自らの政治的力を増大させるために、侵攻を要請するか、あるいは、余程の失政をして、ロシアや中国を怒らせ、国家的トラブルに展開させてしまう場合だけだろう。
そういう意味で、台湾の有事は日本の有事などという発言をすることこそ、最もやってはならない暴言なのである。