ついにロシアがウクライナに全面的な侵略を始めた。ロシアに非があることは当然だが、しかし、ウクライナ、あるいはEU、アメリカがロシアによる侵攻を防げなかったかといえば、可能性はあったというべきだ。ロシアを擁護するつもりはないが、ロシア国家としての感情を、とりあえず共感しないにせよ、理解しておく必要はある。そうした理解を基本に対策をとれば、違う結果になったといえるのではないか。
何よりも理解しておく必要があるのは、ロシアは、他国を侵略した歴史よりは、大々的に侵略された歴史が圧倒的に多いということだ。1812年のナポレオン戦争から始まって、1914年の第一次大戦、そして、その後のロシア革命後の欧米各国(日本も含む)の干渉、そして、第二次大戦のヒトラーによる侵攻である。何度もほとんど国の心臓部まで侵攻され、多大な犠牲者が生じたことは、まぎれもない事実なのである。だから、自国が攻められることに、強い懸念をもっているということだ。もちろん、そのことと、周辺の小国に対して行った侵攻・圧迫などが正当化されるわけではないことも、合わせて認識しておく必要がある。
こうした認識をもって、現在のロシアとウクライナの関係をみれば、ウクライナがNATOに加盟したいという動きを活発にしていたこと、そして、NATOが旧東欧諸国に拡大してきたことは、ロシアにとっては、絶対に避けなければならない事態だと認識したことは、十分にありうることだ。ウクライナのNATO加盟が実現してしまえば、ウクライナに侵攻することは、NATOを攻撃することになるのだから、到底できないことになる。だから、NATO加盟が実現していない現在が、NATO加盟は許さないという強い意志表示をする、最後の機会かも知れない。そう考えてのことだろう。プーチンにとって、ウクライナを支配することが、目的とは思わない。NATOに加盟せず、ロシアとの通常の友好関係を維持していればいいのだと思う。
ここから、ウクライナ政治の問題を考えざるをえなくなる。
ウクライナは大統領選挙、そしてその後の政局をめぐっての混乱がずっと前から続いてきた。そして、最後の大混乱が、2014年のクーデターだった。私の記憶では、当初EUに近かったヤヌコヴィチ大統領が、経済援助をめぐって、ロシア側のほうが有利だというので、ロシア寄りに乗り換えた。そこで、クーデターが起きて、ヤヌコヴィチは大統領を追われてロシアに逃げたわけである。このクーデターをめぐっては、真相はわからないが、当時言われたことは、ネオナチ的勢力がかなり入り込んでおり、CIAが援助していたという。とにかく、武力による政府転覆だから、当然「民主主義国家」は、これを非難しなければならないが、実に速やかにクーデターで生まれた政権を承認したのである。クリミア奪還は、それに対する報復だったわけで、奪還を非難するとしても、クーデターを非難しないのは、公正ではないというべきだ。
そうした背景をもって生まれたウクライナ政権だが、その後は、明らかに反ロシア的立場を鮮明にしている。この政権は、本当にあやういとずっと思ってきた。ウクライナはずっとロシア帝国、ソ連の一部だったから、独立国としての経験が浅く、仕方ないのかも知れないが、しかし、歴史から学べば、もっと違う政策をとりえたのではないかと思われるのである。
大国に囲まれた諸国にとって、最悪の状態は、国内が異なる大国と結ぼうとする勢力に分断され、更に、それぞれの勢力が頼る大国の軍隊を国内にいれて、内乱(実は大国の勢力争い)に発展することである。李氏朝鮮の末期から日本の植民地になる朝鮮半島がそうだった。実は、幕末の日本もその危険性があった。幕府はフランスと結び、薩長はイギリスと結び、戊辰戦争のときに、フランスとイギリスが軍隊をいれて、より長期的な内乱になる危険性は皆無ではなかったのである。そうなったら、日本はどちらかの植民地になっただろう。日本にとって幸運だったのは、徳川慶喜という権力に執着しなかった人が、最後の将軍だったことである。その結果、戊辰戦争は、純粋に日本国内の内戦となって、短期間に決着した。
ウクライナにとって参考にすべき歴史は、フィンランドだったと思う。戦後、フィンランドは実質西欧陣営だったが、当初EUには参加しなかったし(現在は加盟)、NATOには今でも参加していない。つまり、ソ連、そしてロシアを刺激することなく、注意深い外交的立場を堅持している。
それに対して、ウクライナの現政権は、NATO加盟の姿勢を鮮明にだし、NATO加盟前であっても、ロシアに対抗して、NATOに軍事的援助をしてほしい、などと公言している。そして、東部の自治区への攻撃も継続してきた。
ウクライナのNATO参加だけは許容できないというロシアにとって、許せないという感情になることは、避けられなかったのだろう。フィンランドは西欧派であるのに、NATOに加盟せずに平和にやっている。ウクライナは何故そうした対応をとれないのだろうか。少なくとも、ロシアとことを構える意志はない、NATOに参加する意志もない、ロシアとも、EUとも、経済的に友好関係を保っていきたい、という対応をとれば、今回のようなことにならずに済んだと思うし、また、それがウクライナにとって不利な状況をもたらすわけでもないはずである。さすがに、NATOはウクライナを積極的に加盟させようとしていたようにも思われないからである。むしろ、ウクライナのような政治状況であれば、ロシアと衝突せざるをえなくなるから、慎重にならざるをえないだろう。今回も、NATOは、軍事的支援はしないと明言している。ゼレンスキーは、明らかに勘違いしているのではないだろうか。
現在、台湾は、ウクライナの挑発的反ロシア政策を、対中国に対してとっていないが、あおっている勢力も少なくない。小国には小国の知恵が必要である。
そして、日本は台湾よりも複雑な位置にあるともいえる。客観的数値として大国に属するが、アメリカや中国、ロシアに対しては、軍事的小国である。国際政治にとって軍事が大きな位置を占める以上、日本は小国でもある。その二面性の認識は絶対に必要である。