読売新聞2022年2月23日に「准教授、連絡メールを「迷惑」扱い・緊急性ないのに警察通報…出勤停止3か月」と題する記事が出た。参考までに短いので全文を引用しておく。https://www.yomiuri.co.jp/national/20220223-OYT1T50079/
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金沢大学は22日、同大の医薬保健研究域医学系の50歳代の男性准教授を出勤停止3か月の懲戒処分にしたと発表した。処分は14日付。
発表によると、准教授は山崎光悦学長からの出頭命令を拒否し、連絡のメールを迷惑メール扱いとして開封しないなど業務放棄を行った。また、数年間にわたって同大職員に強圧的な言動を取り、緊急性がないのに警察に通報して職場秩序を乱した。
学内調査の結果、大学側は「職場秩序への侵害は相当に大きい」と認定した。准教授は審査委員会への陳述書で、複数の項目で否定したり、「記憶がない」と答えたりしているという。
同大は「教職員の服務規律の順守と適正な勤務環境の維持に向けて再発防止に努める」とコメントした。
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この記事とそのあとのヤフコメを読んでいたら、この記事を受けて、こういうけしからん準教授は、即刻懲戒免職にすべきだという意見と、この記事は具体性を欠き、実際何が起きたかわからないという懐疑的意見、そして、これはずっと報道されている、まったく違う側面をもった事件で、大学がおかしいという意見に分かれていた。確かに、この記事では、学長が「出頭命令」を准教授にだすというのが、おかしいし、そもそも何が問題になっているのか、さっぱりわからない。そこで、検索をかけてみると、とんでもない事態になっているのがわかった。この事件を見落としていたので、少々反省せざるをえないので、整理しておきたいと思った。
この読売のジャーナリズムの名に値しないいいかげんな記事ではなく、非常に詳細な記事がいくつかあったが、長谷川学氏の書いた「金沢大学医学部「公益通報」を握り潰され、報復を受けた准教授の「実名告発」」(2020.12.12.)と対比させて検討していこう。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78271
長谷川氏の基本視点は、公益通報をした者への報復は禁止されているのに、罰則規定がないために、実際には報復がなされているという問題を指摘することだが、その具体例として、この事例がだされている。准教授なる人は、小川和宏氏で、東北大学助手から、金沢大学へ准教授として赴任して、今日に至っている。しかし、赴任して間もなく、上司の教授が薬品業者と結託して裏金作りをしているので、大学本部に通報したという。すると、本部はその教授に知らせたために、小川氏は実験室への出入り禁止、他の教職員との隔離(氏の机をキャビネットで囲まれた)などの嫌がらせを受けた。大学は名ばかりの調査で「裏金はなかった」と結論づける。しかし、パワハラを訴え、外部委員の調査が入って、525万円の裏金が発覚して、教授は2カ月の出講停止。そして、解除後、小川氏に殴られたと警察に被害届けをだしたが、小川氏が、一部始終を録音していたので、教授の嘘がばれ、虚偽の被害届をだしたことで、地裁は大学を厳しく批判したという。これが2006年のこと。
2013年に、骨肉腫治療を受けていた少女に、危険な治療をして死亡させたのに、それを隠蔽したということで、大学への通報は効果なしと考えて、厚労省に通報した。ところが、厚労省はそれを大学に伝えたために、大学は、小川氏の講義を大幅に減らすなどした。この危険な手術については、被害者が、警察に告訴した。病院側は有効性、安全性が確認されていない治療であることと、治療と死亡の因果関係を認めていたのに、「なぜか不起訴」となったと長谷川氏は書いている。
2017年に3度目の通報をすることになる。
小川氏と別の教授が行っている授業で、不合格になった学生3人を、教授が勝手に合格にしてしまい、また、より高得点の学生で不合格者がでた。その事実を伝えるとともに、小川氏が、コンピューターに記入する方式を提案したところ、それを認めず、プリントされた紙で提出することを通知、紙で提出しない小川氏を懲戒の対象とする措置にでたことが、読売新聞の記事になったわけである。
以上がふたつの記事の紹介だ。残念なことに、読売は小川氏の取材による部分がなく、長谷川氏には、大学側の取材部分がない。それぞれ取材そのものをしなかったのか、あるいは取材しようとしたが断られたのか、あるいは取材したが、それを書かなかったのかわからない。双方が一方の主張だけを紹介しているので、絶対的な判断はできない。しかし、長谷川氏の記述は極めて具体的であり、筋が通っている。他方読売新聞の記事は、何が起きたのかまったくわからず、処分したということだけが書かれている。この記事がヒットした(金沢大学で検索)読売新聞のサイトでは、10数本の記事があったが、関連記事はなかった。
更に、読売と同じ内容の記事が、いくつかのサイトに掲載されたが、その多くは、現在削除されている。おそらく、記事を読んだ人が、長谷川氏の文章を提示して、抗議あるいは訂正要求をしたのではないかと想像される。
さて、どのように判断するのが妥当か。
私は、長谷川氏の文章に、ずっと強い説得力を感じる。事実が具体的に書かれ、そして、その反応についても具体的に書かれている。そして、残念ながら、医学部の教授というひとたちのなかに、不合理な権力意識をもち、パワハラ体質をもっている人がいることは、否定できないからだ。私もそういう人を知っている。それから、外部委員による調査や警察の捜査、裁判所の判断など、いずれも小川氏の立場を支持しており、しかも、大学が警察に告訴したことが、小川氏の録音によって虚偽であることが裏付けられたりもしている。こうした状況を考えれば、小川氏の主張を信頼することが、ほぼ妥当だろう。
ただ、一番最初の裏金作りについては、どのような使い道を考えての裏金であるのかによって、多少評価が異なってくる。公的に支給される研究費は、使い道に厳格な制限があり、研究の途上で新しい必要が起きても柔軟に対応できないことがある。そうしたときのために、何らかの方法で裏金を作ったり、あるいは、届出と異なる支出をしたりすることがあるが、これらを一概に不正とは言い切れないと、私は思う。使用が研究目的に沿うものなら、柔軟に認めてもいいはずである。しかし、当然だが、研究目的にそわない変更や、企業を利用しての裏金がリベートであったり、個人的使用なら、大いに問題である。この小川氏による通報が、研究のためであるならば、裏金を否定するのではなく、正当な使用のためだと説明すればよかった。隠そうとしたのは、やはり後ろめたいことがあったのだろう。
公益通報制度の欠陥は、なんとしても改めねばならない。日本は、法律で「義務」を規定しても、義務違反したときの罰則なしが非常に多い。例えば、児童虐待の通報義務を、特定の職業に課しているが、アメリカの場合には、違反に対して重い罰則付きだが、日本では罰則はない。法理論的には、罰則がない義務は、正確には「義務」ではない。義務とは、「しなければならないこと」だが、罰則がなければ、「することが望ましい」でしかない。そして、問題は、公益通報され、「報復」した場合の罰則がないから、報復が行われることがしばしば問題となる。公益通報は、ほとんどが、幹部が行っている不正に対して、部下が行うものだから、幹部は、報復する力をもっている。禁止されなければ、通報されるような悪事を行っている幹部は、かなり高い確率で報復するはずである。これは、公益通報だけではなく、パワハラなどについても同様だ。パワハラを訴えて、防止委員会が認定しても、パラワラした者を懲戒し、また、報復を禁止し、報復した場合の処罰を規定し、実施する、ということがない限り、パワハラを防ぐことはできず、訴えた者が逆に更に苦しい立場に置かれる危険性が高い。長谷川氏の文章は、こうした点を改めるための国会内で開かれた日弁連主催の会議をきっかけにしたもので、多くの国会議員が参加したようだから、早期に改善されることを期待したい。
また、読売新聞の記事は、いかにも無責任で不用意なものだといわざるをえない。