大学での単位認定2 研究とオンライン

 オンラインが大学の単位認定に与える影響を前回考察したが、研究と教育についてを宿題にしていた。前回の続きの前に、昨日の毎日新聞に「博士課程院生への支援 学術への尊敬あるか=長谷川眞理子・総合研究大学院大学長」という記事があった。
 趣旨は単純で、日本政府が、大学院の博士後期課程に在学する院生に、経済的援助をする取り組みを導入し始めたが、これは欧米では以前から当たり前のことになっている。しかし、日本では授業料を払わねばならないから、勝負にならない。しかも、就職が困難だ。そのために、博士課程の院生が急激に減っている。それを打開するために、導入されるのだが、既存の分野をまたいだ研究に挑戦していることが条件だ。それはよいが、根本的に、日本は学術を尊敬する文化的土壌があるのか。
 こういう内容だ。
 この文章にはいろいろと批判したいところがあるが、ただ二点のみ指摘しておきたい。

 博士課程の院生への経済的援助だが、もちろんけっこうなことだとは思うが、全員ではないようだし、どの程度に支給されるのか不明だが、もっと基本的なこととして、以前は研究職につくと奨学金が免除になっていたが、現在は、仕組みが変わっているようだ。研究職就職での免除はなく、優れた業績をあげた者が推薦されて認定され、全額、ないし半額返還免除になるようだ。しかし、その人数を見ると、2020年では、修士修了者20412名中、全額免除1374名、半額免除4728名となっている。博士では、1935人中、全額463人、半額463人である。博士の全額は1割にも満たないし、修士では、7%弱である。研究職に就くことを条件にするか、優れた業績を条件にするかは、議論の分かれるところだろうが、とにかく人数が少なすぎる。奨学金の返済免除と経済援助は実際にはあまり変わらないのだから、この少ない上に、更に少ない経済援助をして、つまらない格差を設定するだけのことではないだろうか。ないよりはましだが、1割程度の者が受けられるのではなく、拡大が重要である。
 二点目は、大学院進学者、特に博士課程が減少しているのは、こうした経済的問題だけではく、また、学術への社会の尊敬の問題ではなく、むしろ、研究の自由度の問題ではないかと思うのである。もちろん、分野や研究室によって異なるだろうが、指定されたテーマに縛られ、ノルマを課せられて、まるで下働きをさせられているようなイメージがあるのではないだろうか。そうした研究条件の改善も重要な問題ではないだろうか。私の主観ではあるが、研究者は、社会的に尊敬されるよりは、自由な雰囲気でやりたい研究ができることのほうが大事だと思っている。
 
 さて、オンラインの研究への影響について考えてみよう。
 私は文系の研究者なので、理系のことは詳しくはないが、理系においては、ずっと以前からオンラインが研究に与えている変化は大きなものがある。研究にとって最重要な要素である学術誌が、紙中心からオンライン中心になっている。それは講読スタイルの問題ではなく、掲載要素が、紙であれば、文字と写真、図表しか載せることができないが、オンラインだと、音、映像、リンクをいれることができる点で、学術誌としては、オンラインが絶対的に優れている。
 しかし、理系ではけっこう進んでいる、この学術誌のマルチメディア化は、文系の学術誌ではあまり進んでいるようには思えない。私は十数年前のことになるが、学部の紀要委員だったときに、紙中心で、紙用のファイル作成後PDFファイルに転換していたのを、最初にPDFファイルを作成して、それによって紙の印刷をするように順番を変えた。もちろん、最初にファイルを作成すれば、マルチメディア化できるから、印刷された紀要では変化がないが、ウェブに掲載するときに、まったく違ってくる。
 だが、この変更を了解させるのに、図書館の担当者は直ぐに理解してくれたが、学部の教員たちは、最初多くが反対であり、その説得に一年を要したほどだった。そして、実現はしたけれとども、その機能を活用したのは、私以外はただ一人だけだったのである。私が退職したあとは、こうした機能があること自体を知らずにいると思う。
 心理系の教員に、論文本文には統計の分析結果だけが書かれるが、リンクを貼るかたちで元データを掲載することができるから、そうすべきではないか、と提起したことがあるが、まったく考慮されなかった。研究者自体の、オンラインによる研究の進展への無理解があると思わざるをえない。文系の場合、国際ランクの対象にならないので、やはり甘いのだといわざるをえない。ちなみに、私が必要でオンライン検索で出てくる研究論文に、マルチメディア機能を活用したものに出会ったことはない。
 尤も、古い形態に囚われているというだけではなく、オープンにする際の著作権の縛りがあることも考慮しておく必要はある。
 何の委員会か忘れてしまったが、授業資料なとのアーカイブ化を提案したことがあるが、ある教員から、著作権の件での危惧がだされ、ほとんど進展しなかったことがある。授業では、テレビ番組を録画した映像を見せることがある。文章であれば、他人の文章を引用しても、適度な量で、きちんと引用元を明示すれば、著作権上許可されるが、映像の場合には、それが曖昧である。最近のyoutubeを見ている限り、著作権の継続している音や映像を利用することは、たとえ出典を明示しても不許可となっているようだ。パワーポイントに埋め込んだ映像に、きちんと出典を記述しても違反になるとしたら、オンラインで授業資料を公開することはやはりできないだろう。もちろん、学内限定の開示なら可能だが、その場合には、純粋に授業のためということになる。より後半に公開して、学外との結び付けを求めることはできない。教育の効果を高めるためには、公開は大きな推進力になる。
 教育領域では学内限定が可能だが、研究の場合には公表が不可欠だから、マルチメディア化したファイルに、他の人の映像を引用することが、認められないと、文系の場合には、著作権が壁になるので、その制限を軽減する条件をつくっていく必要がある。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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