昨年は無観客だったウィーン・フィルのニューイヤーコンサート、今回は多少観客を減らしての実施だった。しかし、減らした分は3階部分が主なので、1階には多少の空席があった程度だった。たぶん定員の3分の2くらいだったのだろうか。そのためか、拍手喝采というような盛り上がりは、あまりなく、一番拍手が多かったのは、バレンボイムが連年のとおり、青きドナウで止まって、新年おめでとうと言った後、けっこう長い演説を始め、それが終わったときだった。コロナ危機は、人間の危機でもあり、ばらばらになっているのを、音楽で一緒になろうというような内容だった。いい意味で政治的な音楽家であり、まじめなバレンボイムの面目躍如というような演説で、ニューイヤーコンサートで、こんな演説をした人は過去にいないだろう。
演奏は、一言で特徴付ければ、ウィーン・フィルに任せた指揮ぶりという感じだった。ウィンナ・ワルツは、ウィーン・フィルの十八番だから、指揮者に統率されることを嫌うらしい。最も悪くでたのが、小沢だった。しかし、この演奏会に登場する指揮者たちは、いずれも世界のトップクラスの指揮者だから、当然オケに任せきるようなことはしないに違いない。しかし、今回のバレンボイムは、けっして悪い意味ではないが、多くをオーケストラに任せて、大枠を指示するような感じだった。そして、オケのほうも、かなりの部分で、コンサートマスターにあわせていたようだった。だから、指揮の指示と出ている音楽がかなり違うような部分すら散見された。しかし、だからこそいうべきか、ウィンナ・ワルツらしい雰囲気はよく出ていたように思う。
しかし、テンポ設定はかなり単調だった。ウィンナ・ワルツは、4曲か5曲の短いワルツが接続されているが、それぞれは微妙にテンポを変えることが多い。曲想も違うのだから、それぞれにふさわしいテンポをとる。だが、今回の演奏は、ほとんどが、接続されたワルツを、ほぼ同じテンポで演奏していることが多かった。だから、どうしても単調に聞こえてしまう。「千一夜物語」と「天体の音楽」が共通にあるので、クライバーの1992年の演奏と聴き比べてみた。例によってクライバーのほうが全体的にテンポが速いのだが、それだけではなく、かなり緩急をつけている。個々のワルツの変化だけではなく、ひとつのワルツのなかでも、テンポの動きが激しい。ウィンナワルツは、最初ゆっくり入って、次第にテンポをあげるのが習慣だから、バレンボイムも、そういう緩急はつけているのだが、全体として幅が小さい。だから、どうもワルツは単調な感じがしてしまった。
その代わり、テンポの変化などはあまり要求しないポルカ、特に速いポルカは、勢いと躍動感があってよかった。特にヘルメスベルガーの「家の妖精」という曲は、はじめて聴いたし、変わった曲で、演奏の雰囲気も妖精をよく表しており、とてもよかった。ワルツでは、ツィーラー作の「夜遊び」は、ウィーン・フィルのメンバーが歌い、口笛を吹くという珍しいもので、面白かったというべきか。
以下今年気づいたことをいくつか。
アンコールの途中の演説は先述したが、そもそもアンコールのはいり方にはびっくりした。最後の曲目「天体の音楽」が終わって、花束がバレンボイムに贈られ、バレンボイムがステージ裏に戻る際に、花をひとつ採りだして、女性のバイリオン奏者に渡そうとしたのだが、なかなか花が花束からでなくて、団員に手伝ってもらっていた。そうしてかなり時間が経過してしまったので、戻った時点で、拍手が完全にやんでしまったのだ。普通の演奏会なら、ここで終わりになるわけだが、ニューイヤーコンサートはアンコールを3曲やることが決まっているから、しばらくして、バレンボイムが登場し、まるで、プログラムにある曲をやっているようにアンコールを演奏しだした。拍手が完全にやんだあとにアンコールを演奏したなどというのは、長い人生で経験した実際の演奏会や録画、録音等で、まったくはじめての経験だ。
「朝刊」のときだったと思うが、演奏画面はまったくなく、二人の男女がウィーンの街を手をつないで歩くという映像がながれた。バレエでもなく、単に移動しているだけだ。要するに、ウィーンの観光名所の案内で、観光事業に協力ということなのか。この種の映像は、あまり記憶がない。「朝刊」の演奏は、比較的バレンボイムがやりたいようにコントロールしているようだったので、演奏の映像にしてほしいかった。
毎回感じることだが、バレエの場面はいつ撮影し、実際の演奏とどのように関係しているのだろうか。リアルタイムで、生の演奏の音をスピーカーで流して、それにあわせて踊っているのも、確かにあるが、最近のものはそうでないものが多いと思う。今回は、「千一夜物語」でバレエが挿入されていたが、映像と音楽が問題なくあっている。しかし、どう考えても、ライブの音にあわせているとは思えないのだ。おそらく、もっと暖かい時期に撮影しているはずなのだ。今回は、合間のNHKによる説明のなかで、バレエの撮影の際の写真が紹介されていたから、事前の撮影であることは間違いないと思う。もちろん、音楽なしに集団で踊ることはないだろう。
そうすると、事前に録音して、それにあわせて踊り、映像をとっておく。そして、放送のときには、バレエが流れる曲だけは、事前にとった映像(そこには当然録音した演奏の音も入っている)をテレビで流し、バレエが終わり、実際の会場の演奏も終わって拍手が続いている間に、映像を会場に戻すという手法がとられているのではないかと考えざるをえないのである。つまり、テレビで聴いている演奏は、会場でのものではなく、数カ月前に録音されたものなのではないか。事実はどうなのだろう。これまで、ニューイヤーコンサートの映像は複数購入しているが、NHKの放送映像を録画したものと両方もっているものはない。(カラヤンとクライバーで録画はしたが、VHSなので廃棄してしまった。)だから、今回のCDを購入して、NHKの録画の「千一夜物語」とCDのとを比較してみようかと思っている。
最後に、全体として、ウィーン・フィルのメンバーが、楽しそうに演奏している姿があまりなかったのが気になった。ウィンナ・ワルツは「おらが音楽」だから、もっと楽しそうに演奏している団員が多いのだが、今回は、バレンボイムがほぼ仏頂面、あるいは無愛想な感じなので、団員にもうつったのだろうか。バレンボイムが、かなり頻繁にステージ裏に戻ったのが気になった。80歳という年齢のせいだろうか。
次回はウェルザー・メストということで、大いに期待したい。