旭川のいじめ自殺

 元旦にネットでニュースをチェックしようと思ったら、文春オンラインが北海道旭川で起きたいじめ自殺事件の、過去の記事を再度掲載しているものが目についた。もちろん、この事件については知ってはいたが、詳細を追いかけることはしていなかったので、改めて文春オンラインだけではなく、いろいろと調べてみた。テレビによく出てくる犯罪コメンテーターというべき小川泰平氏が、何度も現地調査して、かなり多数のyoutube動画をあげているのに驚いた。そして、事実を知るほどに、怒りの感情が増大してくるのは、多くの人と同様だった。大津の事件と、いじめの陰湿さと教育関係者の隠蔽体質は似ているが、隠蔽を破ったのが、メディアだったという点では、福島の須賀川一中の柔道部事故に似ている。
 旭川事件は、週刊文春が報道したことで、大きく動いたわけだ。つまり、文春の報道がなければ、隠蔽されたままだったかも知れない。

 
 さて、かなり多くの人が論じているので、私なりに考えたい点に絞って書いておくことにする。
 その前に、事件の概要を整理しておこう。既に、ほとんどの関係者や学校の実名が出ているが、固有名詞は考える際に省いたほうがいいので、実名はあげない。
 A子が、Y中学に入学したのは、2019年4月だった。具体的には、報道されていないが、小学校のときからいじめのようなものがあったようで、中学入学後直ぐにいじめが始まったようだ。Y中学だけではなく、他校の生徒も加わって、性的な写真を送るように強制して、それをSNSで拡散させたり、公園で自慰行為を強制させたり、いじめというよりは明確な犯罪が行われていた。
 娘の異変に気づいた母親が学校に対応を求めたが、学校はまともに取り合わず、6月には、ウッペツ川に入水という自殺未遂をする。これは、10人程度の生徒に伴われて強制されたものと考えられている。A子は、その際学校に電話して、「死にたい」といっていたとされる。教師が急いで現場に向かい、保護しているが、この際A子が帰宅したくないといったとされ、(事実はわからない)学校はその発言をとらえて、家庭の問題が大きいと判断したらしい。
 母親は警察にも通報していたので、児童ポルノの禁止法令に違反する容疑で捜索したが、14歳未満で刑事責任を問えないということで、厳重注意にとどまった。
 母親と学校の話し合いが行われたが、母親が弁護士の同席を求めると学校は拒否し、情報開示(学校は加害生徒に聴取し、メモを残した)も拒否した。
 9月に加害者と保護者が謝罪する会が開かれたが、学校関係者は出席せず、不徹底なものになった。そこで、家族は引っ越して、X中学に転校することになった。しかし、その後A子は体調を崩し、長期入院する。退院後、2021年2月13日に行方不明になり、3月23日に近くの公園の雪の下で、凍った状態で発見された。
 
 おそらく2020年の暮れに、A子はネット上の相談サイトにアクセスして、相談しており、その模様は現在でも見ることができる。その話ぶりからは、中学2年生であるのに、かなりしっかりした生徒だったという印象だ。もし、いじめの対象などになっていなければ、学級のリーダー的存在になったのではないだろうか。
 小さいころから絵を描くのが好きだったようだが、中学になると、心の動揺が如実に表れた絵になっている。カウンセラーがみれば、必ず対応の必要性を感じたと思うが、スクールカウンセラーに相談にはいかなかったのだろうか。
 
 さて、この事件で、最も大きな憤りを感じるのは、学校や教育委員会の徹底した「不対応」であろう。
 加害行為のひどさを母親が学校に訴えても、「思春期特有のふざけで、たいしたことではない」という対応をとっており、当時の校長は、当時も、またその後も一貫して、いじめには至っていなかったと語っている。警察が明確に犯罪と認定しており、14歳という法律上の制約によって、逮捕ができないだけで、触法少年として厳重注意をしているにもかかわらず、「いじめではない」と校長や教頭が母親に対応しており、教頭は、「一人の被害者の将来より、10人の加害者の将来のほうが大事ではないか、あなたは何を望んでいるのか」と母親に語ったとされている。(後日、その発言が事実かどうか確認を求められたときに、教頭は明確に答えなかったという。発言したと受け取るのが妥当だろう。)
 警察が犯罪と認定した行為を、「いじめではない」と被害者の親に述べたのが、学校の校長であり、教頭であるということは、ほとんどの国民は信じないかも知れない。
 尤も、当事者たちは、「指導した」と弁解はしている。主観的には指導したのかも知れない。校長の発言を引用しよう。
 「だから指導しましたよ。その時にいたみんなに責任あるだろうということで。子供によっては、何を言ったか分かんないけど調子に乗って言ってたと言う子もいたり。ただ、学校としてはその時の場面だけが問題と捉えてなくて、夜中にLINEでやりとりしてたり、それこそAさんが出て行こうとしたりとかあった。それはお母さんから聞いたから記憶があるんですけど、そういう一連のことも加害生徒に指導してたんですよ」
 これは、A子の自殺後の文春の取材に対する回答として述べたことである。おそらく、注意程度のことはしていたのだろう。しかし、「思春期によくあること」「加害者10人のほうが、被害者1人より重要」という教頭の言葉をみれば、「指導していた」と胸を張ることはとてもできないというべきだ。
 そして、この発言のあと、「 退院してきたら指導しようと思っていたら、突然転校してしまった。」「 いじめはなかった。亡くなったこととの関連はない。」などとも述べている。 
 
 次は、徹底した隠蔽である。
 6月に無理やり、川に入水させられたあと、県の教育委員会から、重大な事態であるから、再調査をして、適切に取り組むことを要請されている。しかし、学校と市の教育委員会は、その後ほとんど対応をとることなく過ぎていく。そして、A子が転校して、入院してしまったために、その後入学直後のようないじめは継続しなくなったと思われる(この時期については、あまり報道されていないので、詳細はわからない。)だから、済んだことと考えたのかも知れない。しかし、PTSDとなり、結局自殺してしまう。
 いじめ防止対策推進法は、アンケートを義務づけている。そして、Y中学では5月にアンケートを実施しているが、そこでは、いじめの情報はなかったと学校側は述べている。実際に、誰もA子に対するいじめをアンケートに記さなかったかどうかは、わからない。常識的に考えれば、当人、あるいはだれかが書いているに違いない。その場合は、学校は隠蔽したことになる。対応をとらなかったし、教育委員会にも報告しなかった、そして、被害生徒の親に対しても。
 あるいは、本当に誰もアンケートに書かなかったとしたらどうだろう。複数生徒による公園での猥褻強要や、性的写真の拡散があったのだから、かなり多数の生徒がいじめを認識していたはずである。それをアンケートに誰も書かないとしたら、普段の学校の指導が、いじめがあっても書くなと指導していたか、あるいは、学校の指導に徹底的な不信感があるために、書かない風潮になっていたというどちらかだろう。いずれにしても、まっとうなことが行われていなかった。
 
 4月に文春の報道があり、さすがに市も無視することができなくなり、第三者委員会を設置する。しかし、加害者、被害者との関係者が委員に入っており、その人を除外するなど、どたばたが続き、調査は遅々として進んでいないとされている。秋に市長選があって、この問題が争点のひとつとなり、調査と対応をしっかりすると公約した候補が当選して、雰囲気は変わっているようだが、委員会の報告は現時点でだされていない。テレビの報道もなされるようになり、小川氏のような犯罪ジャーナリストが徹底した取材をして、youtubeに報告するようになり、広く問題が認識されるようになってきた。
 
 では、どのようにこの問題を考えればよいのか。しかし、長くなったので、その点は次回にまわすことにする。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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