ブルゴスのベートーヴェン交響曲

 ベートーヴェンの交響曲全集はいったい何組あるのかわからないが、どれがいいかは、完全に個人の好みの問題だろう。私自身は、カラヤンの1970年前後の映像バージョンが好きだが、ただしそれは演奏だけのことで、映像は周知のように、完全に「実験」という感じの撮影だったと思われる。もっとも、現在のヨーロッパのオーケストラのライブ映像などの手法に大きな影響を与えているように見える。空中からとったり、楽器をアップで映したり、カメラが移動したりなど。いかにもカメラ撮影者を意識させるような撮り方は好きではないのだが。
 しかし、演奏はすばらしい。

 かなりの全曲セットをもっているが、また新たにラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮のデンマーク国立管弦楽団のライブ映像を安価で売り出していたので、購入して、全部聴いてみた。実は、全曲セットで全部聴いたのは、かなり少ないので、珍しいほうだ。やはり、音だけよりは、映像があると、最後まで聴きやすいことは確かだ。
 これを購入したきっかけは、値段もあるが、ウィーン・フィルが世界最高であるというyoutube動画について、若干批判めいた文章を書いたこともある。現在のきちんとしたプロオケならば、下手なオケなどないという趣旨だった。そういうときに、ブルゴスのベートーヴェン全集が安売りしていたので、購入して聴いてみた。デンマーク国立管弦楽団は、あまりなじみがないが、国立だからデンマークを代表するオーケストラだろう。またデンマークには新しいすばらしいオペラ劇場があるが、残念ながら、滞在中にいくことはできなかった。ただ、デンマークと音楽というと、少なくとも極東の日本人としては、あまりなじみがあるとはいえない。ニールセンという作曲家がいるが、日本で人気があるとは思えない。だから、どんな感じなんだろうという興味があった。
 
 さて、順番に聴いていったのだが、前半の曲と後半の曲とでは、かなり印象が違った。前半といっても6番までだが、比較的巨匠風で、ゆったりしたテンポで演奏されていた。もっとも、指揮者の右手は忙しく動いているので、指揮のイメージと流れてくる曲がちぐはぐな感じはするが、要するに拍を小刻みにとっているので、右手がせわしなく動いているのだ。疲れないのだろうかと心配してしまうくらいだ。なにしろ、かなりの高齢である。そして、こうした曲では椅子に座って指揮していた。
 そういうことで、ゆったり目でインテンポで進行し、小細工などは一切しないオーソドックスな演奏だ。ただ、映像でみると、1番と2番の位置づけがはっきりわかる。普通、1番と2番はまだハイドンの影響が残っていて、3番の英雄で、明確にベートーヴェンの独自の作風が確立されるといわれのだが、このブルゴス版でもそうだが、1番は小編成だが、2番になると弦を増やして、はっきりと違う響きを目指している演奏が多い。だから2番はかなり激しいアタックが多用される。つまり、3番ではなく2番でベートーヴェンは飛躍したことを示す意志を感じる。
 5番もじっくりと構えた演奏で、てらいのないものだ。
 ところが、7番からがぜんテンポも速めになり、椅子に座らずに指揮している。録音月日をみると、1番から順番に撮っているので、後半のほうが年齢が上になっているから、やはり、感じている音楽のせいなのだろう。7番と8番はかなり激しい演奏だ。9番は前半と後半の中間くらいか。
 
 さて、オーケストラのことだ。このオーケストラは放送局の所属で、日本ではNHK交響楽団のような位置だろう。指揮者も優れた人がついていて、ブルゴスが健康上の理由で退いたあと、ルイージが現在の指揮者だ。ルイージはNHK交響楽団の指揮者にもなるので、これからは近くなるかも知れない。放送局のオーケストラは、一般的に日々録音をしているので、レベルは高い。驚いたのは、コンサートマスターが4人もいることだ。まさか、コンサートマスターがエキストラということはないだろうから、これは確かだ。ところが、管楽器は、メンバーが少ないようだ。ベートーヴェンではオーボエとフルートのトップはすべて同じだった。オーボエのトップは上手だと思ったが、フルートはどうかなという感じだ。録音のせいかも知れないが、音が小さいのだ。フルートは音域が高いのでよく響くのだが、このフルートは、あまり音が浮き上がってこない。包み込まれてしまう感じがある。このふたつの楽器はトップが固定されているのだが、クラリネットとファゴットは曲によってトップが代わっていた。しかも、トップとセカンドを入れ換えるようなシフトになっている。この楽器間の違いが不思議に感じた。
 普段ベートーヴェンというと、やはりベルリンフィルを聴くことが多いので、(カラヤン、アバド、ラトルと何種類もある)やはり、管楽器の個々の奏者の力量差は感じてしまう。ベルリンフィルには、とびきりの名手がそろっているので、どうしても聴き劣りがしてしまうが、それでも、問題を感じるわけではない。
 
 このBLには、幻想交響曲とアルプス交響曲、アランフェス協奏曲が更に入っているのだが、幻想交響曲は意外だった。ブルゴスはスペイン人だから、幻想交響曲はラテンの血が踊るような躍動的な演奏をするかと思いきや、ベートーヴェンと同じようなじっくりと聴かせる演奏だった。だから、幻想交響曲としては、もっとはったりをきかせて、変化に富んだものであってほしいのだが、あまりテンポも動かさず、おとなしいものだったので、こちらはがっかりした。
 アルプス交響曲は、さすがに大オーケストラとなっていて、ベートーヴェンの1番の倍くらい乗っていたのではないだろうか。あまりなじみのない曲なので、明確なことはいえないのだが、見事に演奏されているのだが、なんとなく違うなあと感じるのだ。それは、デンマークで最も高い土地は200メートルという、本当に平坦な土地に暮らしている人にとって、アルプスの雰囲気は、もっとも遠いものだからなのかも知れないと思った。
 
 まったく音楽と関係ないのだが、ブルゴスは指揮中に舌をだすくせがあるらしく、アルプス交響曲では、それがあまりに頻繁なのだ。以前、あるアマチュア合唱団の演奏会録画を聴いたとき、指揮者の鼻息がはっきりと録音されていて気になったものだが、性能がよくなった機器を使ったライブ演奏って、難しいものだ。
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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