埼玉県の教師が、教師の超過勤務に残業手当を出さないのは違法であると訴えた訴訟に対する地裁の判決が出た。形式的には、原告の敗訴であるが、実質的にはかなり勝訴に近いといえる。
現在、教師に対しては、勤務時間外に命じることができる勤務内容を限定している。そして、その時間外勤務に対しては、超過勤務手当てを支給しないかわりに、4%の特別手当てを支給する体制になっている。しかし、実態は、限定された内容以外に、非常に多くの時間外勤務が行なわれ、事実上強制されている。それは違法ではないか、というのが、提訴の理由である。多くの教職員から支持が寄せられ、私も確か応援メールをだした記憶がある。
判決は、教職員給与特別措置法(教特法)によって決まっており、違法ではないと結論付けた。法解釈の大原則として、一般法に対する特別法の優位というのがあり、労働基準法よりは、教特法が特別法であるから、法解釈上は、教特法に従って判決をせざるをえない。だから違法ではないとしたのである。
しかし、判決本文のあと、教特法の規定は、現実に合わないとした。報道だけでは、わざわざ裁判長が述べたのか、判決文の一部になっているのかはわからないので、最高裁のデータベースに掲載されたら、できるだけ直ぐに判決文を読んでみるつもりだ。
どちらが重要か。違法ではないという判決主文か、あるいは、時代にあわないという判断の提示か。
これに似た教育裁判に、熊本での「丸刈り訴訟」というのがあった。男子中学生全員に丸刈りを校則で強制していたことに対して、中学生が、憲法違反であると提訴したのである。幸福追求権や自己決定権に違反するということだ。判決では、この校則が「著しく不合理とはいえない」として、原告の訴えを退けた。当時は、非常に安易に「部分社会」の法理が適用されていて、学校は部分社会であるから、社会一般の理念とは異なるルールがあっても、違法とはいえないというわけである。それで、一般社会と異なる不合理さはあるが、「著しく」とはいえないということだった。
もちろん、現在ではそうした「部分社会」の法理の適用には、慎重であるべきとされ、校則にはあまり適用されなくなっている。私見であるが、部分社会の法理が成立するためには、
1そのルールが、部分社会に入る前に、開示されている。
2その部分社会に入るに際して、完全に自由意志が尊重されていて、強制ではない。
3そのルールに疑問が生じたときに、無条件で退会することができる。
この3つの条件がともに完全に保障されていることが、部分社会の法理を成立させるために必要であるといえる。しかし、校則の多くは、事前に開示されていないし、一端入学した学校を退学することは、自由にはできない。だから、校則に対しては、部分社会の法理は適用してはならないのである。
そうした感覚を、違憲ではないと判決した裁判長はもっていたようで、判決言い渡し後の記者会見で、社会の常識として、中学生、それも男子のみ全員に、丸刈りを強制することに対して、強い疑問の念を表明したのである。そして、事実、その後非常に速いスピードで、全国から、丸刈り強制の校則は消えていった。形式的な訴訟では、敗訴したが、実質的には勝訴したことになる。
ただし、私が残念に思っていることは、当時の中学生、保護者、とくに彼が通学していた中学の生徒たちは、丸刈りを肯定し、訴訟に対して冷たかったということだ。
私のいいたいことは理解してもらえるだろう。つまり、今回の判決で、形式的な敗訴よりは、裁判長の教師の勤務への手当てのあり方に、疑問を明確に示したことは、今後大きな影響を与えざるをえないのである。事実、埼玉県は、われわれの主張が認められたと談話を発表したというが、文科省では、考えざるをえないという態度のようだ。
公立小中学校の教師の勤務が、あまりにブラック的であることは、広く知られるようになっている。まともな感性をもっている人なら、これは酷いシステムだと思うはずである。
訴訟の効果は、まずひとつ表れたといえるだろう。この判決が、実質原告勝利であったと、後年いわれるようになってほしいものだ。
なお判決について伝えた東京新聞の記事を引用しておく。
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埼玉県内の公立小学校で時間外労働をしたのに、労働基準法が定める残業代が支払われないのは違法だとして、男性教諭(62)が県に242万円の支払いを求めた訴訟で、さいたま地裁は1日、請求を棄却した。石垣陽介裁判長は主文の言い渡し後、現在の教育現場について「多くの教員が一定の時間外勤務に従事せざるを得ない状況」と指摘。公立学校の教員に時間外勤務手当を支給しないと定めた教職員給与特別措置法(給特法)は「もはや教育現場の実情に適合していない」と述べた。(杉原雄介、寺本康弘、小松田健一)
判決への受け止めを語る原告の男性教諭=1日午後、さいたま市浦和区のさいたま地裁前で
1971年制定の給特法は、公立学校の教員には校外実習と学校行事、職員会議、災害対応の「超勤4項目」以外の時間外労働は命じられないと規定。基本給に一律4%を上乗せする代わりに、時間外勤務手当は支給しないとしている。
教諭は、2017年9月~18年7月に月平均60時間の時間外労働をし、大半は超勤4項目以外だったと主張。労基法上の労働に当たるとし、残業代を求めて18年9月に提訴した。
判決は、教諭の時間外労働を認定したが、給特法により、労基法に基づく残業代の請求権は認められないと指摘。残業時間は社会通念上の限度を超えるほどではなく、国賠法に基づく損害賠償請求の対象にもならないと判断した。
◆「原告の問題提起には意義がある。環境改善を」
一方、校長らが労基法違反の状態を認識しながら長時間勤務を続けさせたりした場合は、国賠法に基づく損害賠償責任を負うとの見解を示し、「原告の問題提起には意義がある。勤務時間の管理システムの整備や給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、教育現場の勤務環境の改善を切に望む」と付言した。
判決後に記者会見する原告弁護団
判決後、東京都内での記者会見で、弁護団は損害賠償が認められる可能性を明確に示したとして「画期的な判決」と評価。教諭は「無賃残業の状態を国が認めてはいけない」と控訴する意向を示した。
県教育局は「主張が認められたと考えている」とコメント。文部科学省の担当者は「訴訟の当事者ではないのでコメントは差し控える」とした上で「教員の業務が、給特法制定当時は想定しなかった高度化や細分化が進んだ実態は直視する必要がある」とした。https://www.tokyo-np.co.jp/article/134352