人的能力の開発政策は、教育面においては、ハイタレント要請と中等教育の完成がふたつの柱になっている。今回は、中等教育の完成について、検討する。
教育訓練の側における能力主義の徹底といっても、それぞれ多様な個性・資質・能力があるから、それに応じた教育は、画一的なものではなく、コースの多様化、進級・進学の弾力化、ガイダンスの強化、試験制度の改善等が必要であるとする。そして、これに、中学で学校教育を終える者のために、その後も何らかの制度的な教育を与えることが、中等教育の完成ということである。ヨーロッパでは、義務教育を終えて、次の全日制の学校に進学しない者は、成人に達するまで、週2回程度学校に通う義務就学の規定があり、企業もそれに協力する必要がある、という体制をとっている国が少なくない。答申の提言は、成人に達するまでではなく、高校教育の終了程度までを想定している。(もっとも、今後日本でも成人年齢が18歳になるから、この制度を実現すれば、成人に達するまでは、すべての者が教育をうける義務をもつことになるのだが、現時点では、そうした政策案は提示されていない。)
まず、戦略的マンパワーの養成と中等教育の完成という章では、「技術革新時代に、大学理工系・工業高校・職業訓練修了等の技術系マンパワーの養成拡充が必要」であるという認識の下で、特に不足している中小企業のための技術者、それも高級技術者だけではなく、補助的技術者と再訓練が不足しているのを補うことがめざされている。こうしたことの対処として、所得倍増計画では、20年後に中等教育の完成を提起し、学校教育法以外の法令による職業教育訓練機関と、学校教育法に基づく各種学校があったが、更に、昭和36年の学校教育法一部改正で、定時制高校と職業訓練法に基づく事業内の認定職業訓練の連携の端緒がとられたとしている。(p171)しかし、高校進学率60%を超えようとしており、戦後の機会均等と所得水準の向上によるが、能力主義に基づかない学歴主義の影響があるという。高校でアカデミックな教育を重視し、職業教育へのいわれのない偏見があるというわけだ。(p172)実際に、この後、職業高校を重視する政策がとられるが、実際には普通高校進学を望む家庭が多く、高校多様化政策は次第に破綻していく。それが「偏見」によるものかどうかは、かなり疑問である。その検討は、別稿に譲ることにして、それが「偏見」であることを、報告は、以下のような数字で示している。
昭和36年度、普通高校卒は60%で、そのうち26%が高等教育に、49%が就職、22%が家事従事した。そして、就職の66%が事務、技能的生産に18.6%が就職している。この普通高校の就職組は、きちんとした職業教育を受けていないというわけだ。38年度から高校の課程がA類とB類、プラチカルとアカデミックに別れるが、安定した機能か疑問で、職業教育ということにもなっていない。この原因は学歴主義であると決め付けている。
企業社会が大学卒を優遇しているのだから、なんとか大学にいきたい、そのためには普通高校が有利であるというのは、ごく自然な感情といえるが、それは経済審議会にとっては、打破すべき偏見なのである。報告は、普通高校に、職業技術教育を導入しつつ、職業高校の改善を期待する。その後、普通高校に職業技術教育が導入されることはなかった。
学校以外の職業教育訓練についても重視している。
現状として、各種学校8000校、124万人、青年学級60万人が学んでおり、青年学級には15~17歳、10万が学んでいる。更に、職業訓練法での技能訓練は360種類に及んでいるが、まだまだ整備の途上にあるという。昭和37年の労働省の調査では、技能工126万人が不足してり、訓練生は13万人しかいない。職業教育は経費がかかるが、設備投資が遅れているのが原因となっていること、農業では、異なる職種に移ってしまう者が多い。農業の構造改善が期待されるということが、報告の趣旨である。(173)
そして、学制の改革として、以下の点を列挙している。
・高校の職業教育の質的改善
・高校と職業訓練制度との連携
・A類型は技術革新時代にふさわしい実践的強化をその中核とするものに教科を再編成する
・普通と職業の相互の転換を可能に
・技術教育を高校まで
・職業教育の質的改善と工業教育の多様性
・工業・商業・農業すべての拡充(具体領域があげられている)
・実習制度の確立
・高校と職業訓練との連携
・普通高校における職業教育への補助
・進路指導体制として
・研究調査のためのための特定機関の設置
・専門のカウンセラーの設置
・進路指導のための現職教育
・教員養成大学に専門課程を設置
これらは、要約すれば、普通高校まで含めて、職業教育を充実させる、現場との連携を実現する、進路指導を充実させるとなる。(実際の進路指導は、受験指導か就職の世話になっていると、その改善のための専門家の養成を提言している。)
これらの施策は、私がみる限りは、経済審議会が提案したようには、実現していない。文部省や教育委員会は、職業高校を増加させようとしたが、受験生はますます普通高校に進学するようになっていった。進路指導の専門的なカウンセラー養成は、いまだに実現していない。
中等教育の完成として、「産業高校・4年制高校、6年制高校(中学・高校)、5年制高校(高専)が生まれ、職業訓練法による職業訓練も行われており、それらを後期中等教育の一本の柱に位置づけることが必要であるとしたが、これらが一本の柱になることは、まったくなかった。別の方向を向いた学校として、存続してきたといえる。そして、18歳までのすべての者に中等教育を与えるということも、まだ実現していない。
「早い段階から才能を発見する」ということが、実現していると考える人もほとんどいないに違いない。確かに、有名進学校である中高一貫の学校への受験戦争は、小学校4年程度から始まり、それを勝ち抜いた者が、多く東大などに進学する。しかし、それが「才能の発見」になっているとは、到底思えないのである。
確かに、模倣技術から独自技術開発の必要性を指摘し、そのための方策を提言し、その認識は、非常に早い段階での適切なものだったといえる。しかし、実際には、答申が批判した「学歴主義」は、より細かい形で強化されていった。現在、学歴主義は、弱体化しているようにも思われるが、それは、答申が願ったものとは異なる理由で生じたと考えられる。(それは別稿で考察する)
そして、学制改革としての中等教育の完成は、文部省に委ねられ、そのための中教審答申がだされるが、その検討を次に行うことにする。