今や押しも押されぬ大バイオリニストである五島みどりを、はじめて聴いたのは、15歳のときに日本で行ったリサイタルを、NHKが収録して放映したものだった。既に、音楽雑誌で紹介され、「五島みどりが京都で、ブラームスの協奏曲を弾いた」というような記事が出ていたのだが、まだ子どもなのにそんなに騒ぐのか、と思っていた。しかし、NHKの放送を見たときには、心底びっくりした。これが15歳の演奏家か、と。大人の演奏としても、唖然とするほど見事なものだった。そして、そのなかでも感心したのが、クライスラーの「美しきロスマリン」だった。それまでに、他の演奏でいろいろと聴いていたが、こんなに素敵な「美しきロスマリン」は初めて聴いたと思った。そして、音楽雑誌の評で、だれかが、五島みどりの「美しきロスマリン」を特別にすばらしかったと評価していた。早速、家にあったパールマンの演奏を聴いてみたが、何かつまらないのだ。あまりに整い過ぎた演奏だ。この曲では、控えめだが、自由にテンポが動くこと、あくまでも軽やかであること、そして、妙な強調をせずに、自然な躍動感があること、そして、上品であること、などが必要だ。テクニックはそれほど難曲ではないのだろうが、表現が非常に難しい。五島みどりの演奏は、それをすべてもっているように思った。
そこで、彼女がCDで、発売してくれることを待ったのだが、クライスラーの小品を何曲か含んだバイオリン小曲集が出たのだが、どういうわけか、「美しきロスマリン」ははいっていなかった。もう、あのような演奏は聴けないのかと諦めていた。
ところが、先日、youtubeで、日本人の女性の「美しきロスマリン」があったので、聴いてみたら、これがよいのだ。残念ながら、五島みどりほどの完璧さはないのだが、とてもセンスのよい演奏で、先の要素をもっている。
髙木凜々子のライブ演奏だ。まだ20代で、youtubeで自分の演奏を公開している人のようだ。「美しきロスマリン」は以下にある。
youtubeにはたくさんの演奏がアップされているので、目につくままに聴いてみた。しかし、高木の演奏のように共感できる演奏はなかった。
まず、Rusanda Panfili(https://www.youtube.com/watch?v=a9Jv9lkeQwE)という女性の演奏。この曲は、まわりを気にせず、自由に振る舞っている感じなのだが、この人の演奏は、周りのひとたちを気にしている、あるいは、アピールしているような雰囲気が漂っていて、少々興ざめしてしまうのだ。
Bomsori (https://www.youtube.com/watch?v=OkgOCE6aNFA)という、おそらく韓国人の女性は、若いバイオリニストだが、少々自信過剰な少女の雰囲気になっており、表現が誇張され、細部が肥大化している。
韓国語がわからないので、名前を判断できないのだが、韓国人の男性バイオリニスト(https://www.youtube.com/watch?v=Asfd7izVAPo)は、まじめな男性が、楽譜を几帳面に弾いただけの演奏で、まるで面白みがなく、情感がない。軽やかな女性という雰囲気とはほど遠い。男性が弾いた点では同じだが、さすが大バイオリニストだけあって、ベンゲロフ(
https://www.youtube.com/watch?v=buxcrMcAsqQ)は、一種の雰囲気がでている。しかし、楽譜のテクニックを明確に示そうとした演奏で、曲の雰囲気とは違う。不要なアクセントが入ったり、無意味な誇張された表現が目だつ。テクニックが誇張されているのだ。軽やかな少女のイメージとは、まるで離れた演奏だ。
小森陽子(https://www.youtube.com/watch?v=h26oxa7cTWs)は、まったく反対の演奏だ。リズムが几帳面な感じで、軽やかな感じがでない。表現がこじんまりしすぎている。とろい感じの女性になってしまっている。
比較して聴いたなかで、最も疑問を感じたのは、篠崎史紀(https://www.youtube.com/watch?v=EKcVsvr6AOQ)だ。最も曲のイメージと離れた演奏。軽やかで、しなやかな女性が踊っている感じの曲想なのに、ここでは、何か悩み事をかかえた女性が、考えごとをしているかのようだ。楽譜の指定も、かなり無視されて、やりたい放題の主観的演奏だ。普段コンサート・マスターとして、指揮者のいう通り弾いているうっぷんを晴らしてでもいるのだろうか。
最後に、作曲者であるクライスラー(https://www.youtube.com/watch?v=dVWGfwPMrrg)の演奏だ。かなり年取ってからの演奏だと思われ、SP録音なので、バイオリンの音そのものは悪くないが、演奏会場で響いたような感じの音ではなく、ふくよかさがない。そして、さすがに作曲者といえども、自由自在に左手と右手を操ることができない感じだ。表現は、さすがに、しゃれているが、全盛期のクライスラーで、しかも現在のような録音レベルで聴くことができたら、どんなによかったろう。
結局、髙木凜々子の演奏が一番よかった。残念ながら、五島みどりのような完璧なテクニックをもっている人ではないようで、そこは残念だが、「美しきロスマリン」の雰囲気を素敵に味あわせてくれる。
そして、おそらく五島みどり自身が、今後この曲を録音してくれることもないだろうから、この演奏を度々聴くことになると思う。