甲子園大会への疑問

 毎年、甲子園大会の季節になると、疑問が再燃する。甲子園大会というのは、日本のスポーツをだめにしている象徴だとすら思う。とにかく、あまりにひどい環境で行われている。これまでは、酷暑と日程が問題だったが、今年はそれに豪雨が加わっている。今日朝のニュースを見ていたら、昨日の甲子園の試合の模様が放映されていた。とにかく、酷い雨が降り続いているのに、試合が継続され、グランドが水浸しになって、痛烈なゴロか内野手の前で止まってしまうほどに、水たまりが大きくできており、とにかく泥水のなかでプレーをしている状態だ。投手が投げたボールが、捕手が飛び上がって取るような高い球になってしまう。いくらなんでも酷すぎると思っていたら、8回コールドゲームになった。ずっと大雨のなか、泥水のなか、8回までプレーさせたのだ。これなら、グランドでの50度でも、当たり前のように試合をすることは、なんとも思わないのだろう。無観客だから、ここまで引っ張ったのだろうか。とにかく運営する側の、選手に対する配慮の気持ちがまったく感じられないのだ。

 この状況は、甲子園大会の「特別な現象」ではなく、普通の現象というべきだ。つまり選手たちの健康など、まるで考慮にいれていないということ。昔からそうだったが、しかし、今は夏の暑さのレベルが違う。以前は、最も暑くなって、30度程度だったが、今は35度を超えることは珍しくない。
 最近高校野球をみるようになった人には、あまりわからないだろうが、最近は、試合の後半に大逆転する試合が珍しくない。これは、金属バットになり、打撃練習をするための設備が整ったこと、打撃練習はいくらでもできるが、投球練習には限界があること等によるもので、「根性」とは関係ない。後半になると投手の体力が急速に衰える(暑さのため)ことと、打撃人が優位なことによるもので、「あきらめないことが逆転につながった」などという美談ではないのだ。それを美談に仕上げて、選手たちの身体的疲労を無視する風潮をつくっている。だから、甲子園で活躍したが、プロに入って故障で消えていった才能ある球児たちが無数にいる。
 
 私は、学校での部活廃止論者なので、そもそも今の形式の全国大会には反対であるが、地域のクラブチームによる野球大会は、もちろんあってもいいと思う。そして、そのときには、もっと選手の身体的条件を考慮すべきである。
 今は、全国にはドーム球場がたくさんある。ドーム球場で、地方ブロック大会(例えば、北海道・東北、関東、中部・北陸、関西・四国、中国・九州とすれば、すべてドーム球場がある。準決勝あたりから、ドーム)そして、ブロック優勝チームで大阪ドームで、多少のゆとりをもって行えば、身体の酷使は防げる。高校時代の身体の酷使で、どれだけ多くの選手が、選手生命を失ったかを、もっと考えるべきなのである。更に、甲子園野球に対するメディアの取り上げ方、そして、それに呼応する国民の熱狂は、私にはほとんど共感できないものだ。それは、おそらく学校単位、地域代表という形式によるのだろう。もっと冷静に、ひとつのスポーツとして、扱う時期にきているのではないだろうか。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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