前回、高校の義務化と公立私立の関係が、課題として残るとして、今回に続けた。
「国民の教育要求」に依拠するといっても、国民の教育要求は一様のものではないし、また、ぶつかり合う要素もある。また、その要求を実現したとしても、更にその実現が新たな問題を引き起こすこともあるだろう。小学区制が実現したとしても、私立学校との関連という問題が生じる。また、地域総合制高校が、本当に、多様な教育要求を包み込むことができるという問題も生じるに違いない。したがって、現に表れた要求だけではなく、その先を見越した構想が必要となるのではないだろうか。
当時としては、極めて大胆であった「入試の廃止」を明確に、検討委は提起していた。しかし、それは、徹底した制度構想とはいえなかった。高校三原則を実現したとしても、入試は残るからである。小学区としての入試、更に私立高校の入試が残る。「入試の廃止」である以上は、公立高校の入試だけ廃止しても、あまり意味がない。にもかかわらず、高校三原則の実施に留まっていたから、入試の廃止は、単なる題目で、具体的な制度構想にはなっていなかった。
まず、公立高校の入試を廃止するためには、高校の義務化が必要である。文部省も、国民の共通教養を10年間のカリキュラムで実施するという案を、提起したことがある。それは、きちんと実施しようとすれば、義務教育を10年に拡大する必要があったが、そこまでは徹底した案ではなかった。単に高校の教育課程に、10年構想を盛り込んだに過ぎなかった。日教組が、その構想を受けて、義務教育10年案を推進すれば、実現した可能性はある。日本は、欧米と違って、学校種の途中までの義務期間という発想を、これまでとってこなかった。しかし、欧米では、義務教育期間を、年限として少しずつ延ばす方式をとっていたので、学校種の途中までが義務教育になっていることは、ごく普通である。アメリカは、ほとんどの州で、高校の2年生までが義務となっている。ヨーロッパでは、中等学校が分岐しているところでは、長い就学期間のある校種では、途中で義務教育が終了する。
日本でも、一気に高校全体を義務化する必要はない。高校途中まで義務にして、そこで終了しても、成人年齢までは、定時制(週1日・2日等)の就学を義務つける方法をとっている国も少なくない。今後、日本でも国際基準に合わせて、成人年齢を18歳にするが、合わせて、18歳までの、定時制を含めての義務教育を実現すべきではないだろうか。
さて、高校を、部分的にせよ、義務化すれば、公立高校の入学試験は当然廃止される。では、私立学校はどうか。
入試制度を考えるためには、日本の入試制度が先進国ではかなり特異であることを考慮する必要がある。日本の入試制度の特徴は
・上級学校(進学先)が入試を実施する
・幼稚園から大学院まで、すべての階梯で入試が存在する。ないのは、公立小中学校だけである。
それに対して、ヨーロッパでは、上級学校が選抜するのは、特別な例しかない。音楽学校などのような特定の才能を前提とする学校や、フランスのグランゼコール等の特別なエリート学校である。それ以外は、前段階の学校の卒業資格が進学条件となる。もちろん、私立学校などは授業料を課すので、授業料を払えることが条件であることはいうまでもない。それでも、多くの私学は家庭の経済状態を考慮して、授業料を決めている。アメリカでは、大学以外の私立の学校は、入試を実施するが、極めて基本的な学力検査をするだけで、学力の競争試験が行われるのは、有名私立大学くらいだといってよい。ただし、大学院は、すべて入学試験がある。
このことが意味するのは、日本のような入試としての競争試験は、先進国では、例外的だということだ。そのなかでも、競争的要素が排除されているのが、オランダだ。オランダでは、公立学校も私立学校も、憲法上平等な財政的立場を保障されている。したがって、すべての階梯で、前段階の卒業資格があれば、公立、私立を問わず、進学したい学校を選択することができる。断られるとしたら、先着順で人数が定員に達した場合である。
もうひとつ、オランダで注目すべきは、オランダでは、ヨーロッパで、最も古い形の分岐制度をとっていることである。ドイツは、PISAの成績が悪かったので、三分岐制度を二分岐制度に変更したところが多い。しかし、オランダは現在でも三分岐制度を維持している。12歳で、3つの学校類型に分岐し、それを選択する必要がある。ただし、それは競争試験で振り分けられるのではない。学力は考慮されるが、最終的には、本人と親の意志である。つまり、自分の意志で、自分にあう学校類型を選択し、途中で修正できることが、自由と平等の両立と考えられているのである。そして、公立学校も、私立学校と同等に、自由に選択できる。通学区システムそのものが存在しない。したがって、制度検討委の小学区という発想とは、まったく異なる。
日本の学校制度から、競争的な入試を撤廃したいと考えるならば、オランダの制度は大いに参考になるといえ。
しかし、そこでふたつの問題が生じる。
第一に、競争的な試験ではなく、子どもが選択することに、教師たちが賛同できるかという点。
第二に、競争的な試験なくなって、子どもたちは勉強するのだろうかという点である。(続く)