都立高校の男女別枠定員問題について

 東京の都立普通高校のほとんどが、男女別に入学定員設定していることについて、都立高校教師の有志が、撤廃の署名を求め、また、弁護士らが撤廃を求める意見書を提出するという動きになっている。28日の毎日新聞に「「東京都立高の男女別定員は廃止を」弁護士有志らが意見書公表」という記事を掲載している。
---
性別による合格ラインの差を生む東京都立高校の男女別定員制は、法の下の平等を定めた憲法や性別による教育上の差別を禁じた教育基本法に反するとして、弁護士の有志たちが28日に記者会見し、制度の廃止を求める意見書を公表した。

 会見したのは、「都立高校入試のジェンダー平等を求める弁護士の会」。東京医科大などの医学部の不正入試問題で、元受験生らが起こした損害賠償請求訴訟の弁護団有志が結成した。
---
 私自身、東京で育ち、最終的には行かなかったのだが、都立高校を受験するつもりだったから、別枠定員についてはよく知っていた。ただ、千葉県民になって40数年たっているので、この間の都立高校の動向については、あまりよく知らないままになっていた。全国的に男女別枠定員はほとんど撤廃されてきたので、東京もないものと思い込んでいた。きわめて単純な思い違いをしたいたわけだ。反省もこめて、この問題を考えてみたい。もっとも、私は、基本的には高校教育義務化論者であり、高校入試撤廃の立場なので、あくまでも、現状を前提にした上での議論になる。
 私が高校を受験する時期には男女別枠の定員は、もっと大きなものだった。現在の定員表を調べてみたが、あまり差がない。例えば、私が受験しようと思っていた戸山高校は、男女比は3:1だった。旧制府立中学が都立高校になった学校では、似たような感じだったと記憶している。しかし、それでも、合格最低ラインは、女子のほうが低かったのである。だから、当時の感覚では、女子受験生の救済策のように、受験生によっても考えられていた。
 しかし、その後、東京の高校事情はずいぶん変化した。学校群制度による都立と私立の勢力逆転、ベビーブーム後の私立高校の倒産の増大、私立中学の受験ブームというような事情が続き、そして、都立高校の個別選抜制度の容認、中等教育学校への転換などで、都立の復権が図られ、一部都立高校が、かつてほどではなくても、進学校としての地位を回復してきた。
 他方、一貫して、他府県とは異なる東京の事情として、私立高校が都立高校よりもずっと多いということがある。私が受験生だったときは、都立高校には、3分の1しか進学できなかったし、また、高校定員そのものが受験生よりも少なかったのである。
 そして、少子化によって生じた変化として、別学の私立中学・高校が、かなりたくさん共学化した。しかし、いまでも別学の学校は残っており、女子校が男子校よりはかなり多いとされている。
 報道によれば、これまでも男女別枠定員の撤廃は、何度も都教育委員会に意見が寄せられていたが、教委がそれを採用してこなかったのは、公表されている限りでは、男女別枠を撤廃すると、私立の女子校の経営が苦しくなるところが少なくないからであるとされている。
 
 さて、以上のようなことを踏まえて、どのように考えるか。
 まず、弁護士や一部教師の主張は、男女別枠定員は男女差別であり、とくに女子が不利になっているというものだ。しかし、この制度が常に女子に不利に働いているというのは、正しくないだろう。合格最低ラインが女子が高かった例もあるだろうが、男子が高かった例もあるに違いない。ただ、女子の定数のほうが少なめになっているので、女子のほうが高い例が多いというのは、その通りに違いない。しかし、女性差別というのは、私には少々無理があるように思われる。
 逆に、ネットの見解に非常に多いのは、女子の点数か高いのは、都立高校の入試では、内申点の割合が高く、内申点は教師の主観がかなり入り込む余地があり、おとなしい女子が有利になっている、その点を考慮せずに、女子のほうが合格ラインが高いというのはおかしいという見解である。これは生徒の側、そして塾講師などの立場からの投稿が多い。だから、現行入試制度で被害を受けているのは、むしろ男子生徒だといいたいのだろう。彼らからすれば、男女平等にするためには、内申点を廃止せよという主張になる。
 大きく入試制度の傾向としては、多様な選抜様式を設定していることである。東大ですら、推薦入試を導入しているのだ。都立高校でも推薦入試がある。大学になると、更にAO入試とか、指定校等々、教員ですら、普段は思い出せないほどの形態があるものなのだ。そして、それは、合格基準がまったく違うのだから、人によっては、不合理だとか、差別だという評価をするものもいる。代表的なのは、学力入試で合格した学生からすれば、推薦入試で合格するのは、学力テストなしなのだから、学力が低いはずであり、それは不公正ではないかと主張する学生の声を、何度も聞いたことがある。もちろん、学力試験や推薦それぞれ「別枠定員」となっている。これは、差別なのか。
 
 私立の学校を配慮することはどうなのだろうか。別枠を撤廃せよというひとたちは、私立学校のことを考慮して、都立高校が入試制度を歪めるのはおかしいという主張だろうと思われる。しかし、私学は都道府県が認可するものであり、実際の事務を行うのは教育委員会である。つまり、東京都教育委員会としては、直接の行政対象である都立高校だけではなく、都の高校教育という意味で、私学も行政の対象であることに変わりはない。逆に、私学の女子校からは、おそらく、教育委員会に女子校の事情を考慮してほしいという働きかけをしているに違いない。都立高校だけのことを考えて、私学は潰れてもよいという立場に割り切ることは難しいに違いない。
 
 以上からまとめておこう。
 入試に多様な形態を導入すれば、当然異なる基準で選抜が行われることになる。しかも、それぞれの形態には必ず「定員」が割り振られている。それはある意味では、差別といえないことはない。実際にそのように受け取っている当事者たちもいる。しかし、受け入れ側が、そうした相違を導入しているのは、多様な資質をもった学生・生徒を混合させたいという意識からである。もちろん、私学の場合には、更に、できるだけ入り口を多様にして、たくさんの受験生を集めたいという思惑もあるのだが。
 大事なことは、そうした別枠が、予め公表され、その通りに実施されていることである。受験生は、それを承知して応募する。そこに特別な不合理と、不満が生じない限りは、こうした多様性は認めざるをえないのではないだろうか。都立高校のすべてが、男女別枠定員を定めているわけではないし、また、若干の修正方式を導入しているところと、していないところがある。(おそらく、男女の合格水準が開きがあるときには、予め修正枠をとっておいて、それで調整する)つまり、それぞれの高校の意図もあるに違いない。それを、一括して、男女枠のみ差別と決めつけ、撤廃を要求するのは、私にはあまり説得力を感じない。もっとも、私自身が校長であるならば、我が校では撤廃しようと提案するだろうが、それを他校に押しつける気にはなれない。
 むしろ、私が、弁護士団体の撤廃要求で感じるのは、彼等は、国立の女子大についてはどう考えているのだろうかと疑問が生じるからだ。性差別を撤廃する主張をするならば、この問題をさけることはおかしいのである。実際に、お茶の水女子大に入学したいという高校生も存在する。この団体は、東京医科大の隠れた男女定員枠(正確には、女性を不利に扱う方式)を問題にして、その延長上に都立高校を問題にしているようだが、この二つは、一方は公表しており、他方は隠れてやっていたということで、かなり意味が異なるのである。
 
 
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です