毎日新聞のはらぺこIOC風刺画は、原作の適切なパロディーだ

 毎日新聞が、エリック・カール原作「はらぺこあおむし」をもじった「ハラペコIOC」という風刺画を掲載し、それが大きな批判を読んでいる。最初に口火をきったのが、日本の出版元の社長のメッセージだった。最初は毎日新聞に送ったそうだが、返事がないので、ツイッターに掲載したという。それによると、次のように書かれている。
 まず、風刺画という表現の自由は尊重するとしながらも、
 
 「『はらぺこあおむし』の楽しさは、あおむしのどこまでも健康的な食欲と、それに共感する子どもたち自身の「食べたい、成長したい」という欲求にあると思っています。金銭的な利権への欲望を風刺するにはまったく不適当と言わざるを得ません。」
 
というのが、もっとも本質的な批判の部分だ。そして、最後に、
 
 「風刺は引用する作品全体の意味を理解したうえでこそ力をもつのだと思います。今回の風刺漫画は作者と紙面に載せた編集者双方の不勉強、センスの無さを露呈したものでした。繰り返しますが、出版に携わるものとして、表現の自由、風刺画の重要さを信じるがゆえにこうしたお粗末さを本当に残念に思います。日本を代表する新聞の一つとしての猛省を求めたいと思います。」https://www.kaiseisha.co.jp/news/28125
 
とまで書かれている。そして、この毎日新聞への批判に対して、SNSで大きな話題となり、私が確認したヤフコメでは、ほとんどが出版元の社長見解を支持しており、毎日新聞はメディアとして失格だというような見解があふれている。

 では、問題の風刺画は、どんなものか。これは、毎日新聞を批判的に紹介している東京新聞の記事に完結に要約されている。
 
 「 問題となった風刺画は、IOC幹部を食欲旺盛なあおむしに見立て、バッハ会長、コーツ氏、パウンド氏ら3匹の顔をしたあおむしが、「放映権」と書かれた「ゴリンの実」をむさぼる様子を描いている。リンゴ一つ一つに「放」「映」「権」と書かれ、傍では菅義偉首相そっくりの人物が「犠牲が必要!?」と言いながらリンゴ(ゴリン?)の木にせっせと水をやる様子も描かれている。バッハ会長の顔の横には「東京で会いましょう」の文字。5月に作者が亡くなったことを踏まえ「エリック・カールさんを偲(しの)んで…」と、追悼を示す添え書きがある。」https://www.tokyo-np.co.jp/article/109644
 
 つまり、バッハ会長は、放映権をむさぼる貪欲な人物で、それを菅首相が言いなりになって助けているという構図だ。だから、健康的なあおむしと貪欲なバッハ会長を同一視するというのは、けしからん、原作の意図をまったくねじ曲げているという批判だ。
 では、そもそも原作はどんな話なのか。これは、絵本だから、本当に短い作品で、10ページ程度である。原作を読まないでものをいうことはできないので、市立図書館にいって、確認してきた。簡単にまとめると以下のような話だ。
 
・はっぱのうえに、小さなたまごがあり、それを月がみている。
・にちようびにたまごからあおむしが生まれて、食べ物をさがしにいった。
・月曜日から順に、リンゴ、なし、すもも、苺、オレンジを最初はひとつだが、順にひとつずつ多くたべ、オレンジは5つになる。
・土曜日には、チョコレートケーキ、アイスクリーム、ピクルス、チーズ、サラミ、キャンデー、サクランボパイ、ソーセージ、カップケーキ、すいかをたべて、おなかをこわしてしまい、苦しむ。
・次の日曜日には、みどりのはっぱをたべて、おなかのぐあいもよくなった。
・ふとったあおむしは、やがてサナギになり、そして、蝶々になった。
 
 この話をどのように読むかは、確かに人によって異なるだろう。ただし、社長のいうように、「あおむしのどこまでも健康的な食欲と、それに共感する子どもたち自身の「食べたい、成長したい」という欲求にある」という解釈が正しいだろうか。もし、そう読むとしたら、あまりに皮相といわざるをえない。この話のポイントは、土曜日にたくさんのものをたべすぎて、おなかをこわしてしまったというところだ。あおむしが、アイスリームやキャンデーをたべるのが、健康的な食欲といえるのか。健康的であるなら、なぜおなかを壊すのか。これは、本来の自然な欲求を越えて、暴飲をむさぼるならば、健康を壊すということを意味しているという以外に解釈できるだろうか。
 優れた童話は、その表面的な話だけではなく、もっと深い意味がこめられているものだ。おそらく、この作品もそうに違いない。
 作者のエリック・カールは、両親がドイツ人で、アメリカに住んでいたが、戦争勃発前のドイツに移住して、そこで学んだという。私は、知らないときには、ドイツから亡命してアメリカにいったのだと思ったが、方向は逆だった。別にナチスに共感してわたったわけではないようだ。美術の勉強をして、ドイツで終戦を向かえたらしいが、そこで少年、青年時代に戦争の悲惨さを体験したわけで、それが彼の創作に大きな影響を与えていると、当人がいっているらしい。とするならば、体験に近い形での想定をすれば、あまりに貪欲で、本来自分のものではない領土をえようとして、結局ナチスは失敗し(はらをこわし)、戦後、再び小さな、あるべきところに落ち着いて脱皮した西ドイツの発展を健全な在り方と考えて、その体験がここに活かされていると、解釈しても、なんら不自然ではない。もちろん、もっと大きく、あまりに資源を浪費し尽くして、地球環境を悪化させている人類への警鐘と考えてもよい。
 とにかく、一直線の健康的な話ではなく、途中に大きな挫折があるという部分を無視する、毎日新聞批判者たちの見解こそ、この話を正確に理解していないというべきである。
 はらぺこIOCが、アイスクリームやキャンデーなどをたべて、おなかを壊してしまう、という警句であり、そういうことをやめて、本来のスポーツマンシップに則した大会に戻ることによって、健全なスポーツが花開く、という主張と読めば、原作を正しくパロディー化したといえるのだ。
 
 毎日新聞を批判したひとたちに、いうことばとしてこそ、相応しいので、社長の言葉を再確認しておこう。正確な理解力が欠けたひとたちがあまりに多いので、それだけ重要な言葉だ。
 
「作品全体の意味を理解したうえでこそ力をもつ」
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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