子どもによる運転事故を考える

 盛岡市の国道4号で、9歳の子どもが車を運転して、赤信号で止まっていた軽乗用車に衝突して、相手に怪我をさせる事故が起きた。同様の事故は、けっこう起きているらしい。ヤフコメには、こんな場合でも被害者の責任が1割認定されるのかというのがあったが、さすがにそれはないだろう。車と車の衝突事故では、どんなに一方が悪くても、悪くない方の責任も、保険上は1割認定されるようだが、それは走行している車同士の事故で、一方が完全に止まっている場合には、ぶつかったほうの責任が10割である。赤信号で止まっていたのだから、被害側の責任が認定されることはないと思われる。
 それは抹消的なことで、重要な点は、9歳の子どもか運転するということだろう。ヤフコメのもっと重要な情報としては、会社の駐車場で、おじいさんが孫(10歳未満)に運転指導していたという目撃段だろう。大人がそういうことをしているとしたら、事故を起こさなくても、かなり犯罪行為に等しいといわざるをえない。
 私自身は、子どものころ車が家庭にはなかったし、東京に住んでいたので、車の運転にはまったく興味がなかった。しかし、車社会の現在、車がないと生活できない地域も多いから、子どもでも運転に関心をもつ者は少なくないだろう。助手席に乗っていれば、だいたい運転のこつはわかる。オートマであれば、難しい機械の操作などはなく、要するに、アクセル、ブレーキ、ハンドルの操作だけだ。ゴーカートに乗ったことがあれば、さして違いない。

 また、大人のなかにも、善意で、将来早い時期から車の運転が必要となるということで、教える親もいるかも知れない。そういうなかで、こうした事故が起きても不思議ではないわけだ。
 
 常識的にいって、車の構造上、子どもが運転できないようにすることは可能である。運転するためには、鍵が必要なのだから、親が鍵をもっていれば、子どもが運転席に座ったとしても、車は動かない。この事例の場合、親は車がなくなっていることで、子どもが運転していることを察知したようだ。記事によって異なっているのだが、警察に通報したという報道もある。しかし、決定的には、路上で子どもが運転している車を発見した目撃者が、警察に通報して、パトカーが出動して、追いかけ、停止するように発信したが、車はとまらずに追突したらしい。たぶん、正確なとめ方などを知らなかったのだろう。
 アメリカではもっと悲惨な事故というより、事件が何度も起きている。それは、子どもが親の銃を持ち出して、乱射事件を起こすということだ。これは年齢層もかなり幅広い。幼児が起こすこともあるし、当然高校生くらいの乱射事件もある。当然子どもは銃を購入できないから、親等の銃を持ち出すわけだ。これも、銃の管理が甘いからおきることだ。
 ただし、銃はともかく、車の鍵は、普段それほど厳重に管理している人はあまりいないだろう。決まった家具の引き出しにいれておくということが多いとすれば、子どもが鍵を持ち出すことは簡単にできる。小学校中学年以降の子どもがいる場合には、今後鍵管理がもっとも必要となるかも知れない。
 将来的には、車の運転を登録するシステムができるかも知れない。簡単に設置できるシステムなら、実現すべき機能に違いない。予め、この車を運転してもよい人を映像付きで登録して、その人以外がスウィッチを押しても、起動しないようにするということだ。これは、保険にもかかわることだし、また、高齢者などの、運転が危険になっている人を運転させないためにも有効だろう。スマホやパソコンでも顔認証システムで、特定の人しか使えなくする方式は広まっているのだから、車でも応用すべきに違いない。
 
 もうひとつの問題は、責任の所在である。無免許運転による事故は、民事責任と刑事責任の両方がある。
 9歳の子どもは、法的無能力だから、民事責任も刑事責任も問われない。
 交通事故だから、通常は自動車保険の適用になり、そこから民事的な賠償は補償されるが、この事故の場合には、その車の保険条件によるので正確ではないが、少なくとも、9歳の無免許の人か起こした事故は、保険適用がされるとは思えない。契約者以外の運転者については、どういう場合を対象とするということは、明記されているが、そこに該当しないことは明らかである。だから、当然請求されるであろう保険と同額の補償、医療費、車の修繕費、他にも、仕事ができない期間についての補償等は、親が支払う義務があるし、争いになっても、そう認定されるだろう。かなり高額になるはずだが、子どもを管理する親の責任上、当然支払う必要がある。
 では、刑事責任はどうなるのだろうか。
 無免許運転で捕まった場合「「三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」が科せられることになっている。そして、無免許運転を行うものに車両を提供した者も「三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」の罰則が科されることになっている。
 つまり、無免許運転自体が刑事罰の対象である。更に、刑事責任を問われるような事故であれば、起こした当人が、ほぼ確実に刑務所に入るという形での責任のとり方になるが、9歳であれば、刑事責任を問われることもない。
 もう少し年上であれば、無免許運転で事故を起こし、人に怪我を負わせたとしたら、少年院に送致もありうる気がするが、9歳ではそれもない。9歳で運転してはいけないことくらいは、当然承知しているだろうから、単に児童福祉の対象というのでは、納得できない人も少なくないかも知れない。しかし、それは法的規定だから、動かしようがないだろう。
 無免許運転の刑事罰については、車両を提供した者も、同罪になるわけだが、この場合の親はどうなるのだろうか。あるいは、どう処分されるべきだろうか。当然、意図的に提供したわけではないだろう。知らないうちに、かってに鍵を持ち出し、運転してしまったと思われる。だから、提供したわけではないが、勝手に運転されないようにする責任が問われることはないのだろうか。
 親の厳罰化が必要という意見もある。水谷修氏は、次のような見解を述べている。
「少年法の穴でもあるが、その子を育てた親が何の責任も取らないというのが問題だ。民事訴訟で支払いを命じられた賠償金を親が支払っていないケースもある。子どもの厳罰化はしなくていいから、そういう子どもを育ててしまったという償いをさせるため、親の厳罰化をして欲しい」(「「今でも少年法は十分厳しい。むしろ親が責任を取らないことが問題だ」少年犯罪への厳罰化や実名報道解禁を求める声に水谷修氏」https://news.yahoo.co.jp/articles/fd5b8107483a69d602d10b72f56116f0a7adf8fd?page=3)
 子どもの犯罪を親が罰として引き受けるというのは、刑法思想を根本的に変革することになるから、実現は困難だろうが、だれも責任をとらないというのも、また、大きな問題であることは確かだ。
 私自身、まだ自分の考えをまとめることができないでいる。考えるべき課題を整理するために、この文章を書いた。継続的に調べてみたい。
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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