度々『教育』の文章の論評を書いているが、別途、『教育』の書かれたすべての論文を批評するlineをやっている。その参加者から、『子ども白書2020』に書かれた文章の問題性を指摘された。それは、教科研に参加している人が多いのに、この『子ども白書』はインターネットに極めて後ろ向きな文章が多いということ、そして、その典型がゲーム依存症に関するものだという。それで早速市立図書館にいって、関連文章を読んでみたが、既に、『教育』の個別論文批評で扱っているひとたちの同種の論文があったが、それとは別に、成田弘子「休校をきっかけにメディア機器とのつきあいを考える」という文章があった。そこに「スマホの時間 わたしは何を失うか」という図が掲載されている。日本医師会と日本小児科医師会のホームページからとっているということだが、スマホをやっていると「睡眠時間、学力、脳機能、体力、視力、コミュニケーション能力」が失われるのだそうだ。文字通りにとれば、間違いではない。しかし、何をやったって、同じではないだろうか。読書もほとんど同じように、失われるはずだ。子どもは読書にふけるなんてことはない、という前提で考えているのか。昔は、農民や労働者の家庭では、子どもが本を読みふけっていたりしたら、かなり怒られたらしいから、同じようなことを大人は考えるのかも知れない。しかし、今読書をすると、何が失われるか、などという「問い」そのものを考えないだろうし、懸命に読書依存症としてやめさせようとはしないだろう。なぜ、読書はよくて、ゲーム、スマホはいけないのか。
もちろん、子どもが何時間もスマホをいじっているのは、私もよくないと思うが、そもそも、何が問題なのかが、実はとてもあいまいなのだ。
香川県や秋田県がスマホ制限条例といわれるものを制定しているが、制定過程での問題が指摘されている。(加藤 裕康「香川県の「ゲーム依存症条例」、問題だらけなのに成立してしまった社会的背景」https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75971?imp=0)
こうした条例がないところでも、学校単位で家庭でのスマホ使用を制限しているところは、少なくない。8時以降はスマホを使わせてはいけないなどである。どの程度守られているのかはわからないが、私が退職後、オンライン学習指導をやろうと思って、小学校の教師に相談したところ、学校でスマホやインターネットの夜間使用禁止をしているから、無理ですよと言われてしまい、やめた経緯がある。つまり、かなり「規制」として徹底化が進んでいるのだ。
そうした動向を推進しているのが、久里浜医療センターで、確かにホームページにいくと、ゲーム依存を扱う医師が配置されている。
「久里浜医療センターの診断スケール」が公開されているので、掲載しておく。
K-スケール : 青少年用 (インターネット依存自己評価スケール)
全くあてはまらない・あてはまらない・あてはまる・非常にあてはまる、で分類する。
1. インターネットの使用で、学校の成績や業務実績が落ちた。
2. インターネットをしている間は、よりいきいきしてくる。
3. インターネットができないと、どんなことが起きているのか気になってほかのことができない。
4. “やめなくては”と思いながら、いつもインターネットを続けてしまう。
5. インターネットをしているために疲れて授業や業務時間に寝る。
6. インターネットをしていて、計画したことがまともにできなかったことがある。
7. インターネットをすると気分がよくなり、すぐに興奮する。
8. インターネットをしているとき、思い通りにならないとイライラしてくる。
9. インターネットの使用時間をみずから調節することができる。
10. 疲れるくらいインターネットをすることはない。
11. インターネットができないとそわそわと落ち着かなくなり焦ってくる。
12. 一度インターネットを始めると、最初に心に決めたよりも長時間インターネットをしてしまう。
13. インターネットをしたとしても、計画したことはきちんとおこなう。
14. インターネットができなくても、不安ではない。
15. インターネットの使用を減らさなければならないといつも考えている。
これにどれだけあてはまるかによって、インターネット依存を診断するのである。これをみればわかるように、インターネットに時間をかけているかどうか、それによって、成績等が低下したか、不安があるかというような、「気分」を中心に判断している。
こうした認識から出てくる対処法は、インターネットから引き離すということが中心になるに違いない。薬物依存症の単純な応用なのではないかと思ってしまうのだ。しかし、薬物は、身体に作用するわけだから、確かに依存症であれば、物理的に薬物から引き離すことが必要となることはわかる。しかし、インターネットやゲームは、それ自体は、精神や身体に悪影響を与えるものかどうかは現時点で不明である。むしろ、意識的に使用すれば、役にたつものであり、また、楽しめるものである。楽しいからたくさんやっていると、不安になるとしたら、ゲームそのものが不安をもたらすのではなく、環境的に不安をもたらす要素があるに違いない。
さらに、ゲーム脳という脳の欠陥に至るというような研究もある。森昭雄「テレビゲームと前頭前野の機能低下」https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbs/1/1/1_59/_pdf
テレビゲームを長時間すると、Β波が低下あるいは消失するというのである。そして、それが継続すると、記憶機能が低下するという結論をだしている。
一方、その現象は認めても、解釈が異なる研究もある。
松田 剛「テレビゲーム中になぜ前頭前野の活動は低下するのか?」によると、実験結果から、テレビゲーム中に前頭前野の活動が低下する理由として、以下の3つが導き出された。
1)視覚・運動処理を迅速に行う必要がある
2)自己・他者の心的状態に関する認知活動の必要がない
3)課題にある程度習熟している
以下、松田氏による説明を引用しよう。
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これらの条件が揃った場合は、テレビゲームでなくても前頭前野の活動は安静時よりも低下するが、それは目の前の課題を円滑に遂行するために安静時の雑多な処理が停止、または抑制された結果と考えられる。何らかの課題を迅速かつ的確に処理しなければならないときは、課題に関与する脳部位のみを集中的に活性化させた方が処理の高速化やエネルギー消費の点で有利である。「低下」という言葉にはネガティブな印象があるが、ゲーム中の脳活動の低下は、決して「機能不全」を意味するものではなく、むしろ少ないエネルギーで高い処理能力を発揮するために備わった重要な脳機序を反映していると考えられる。実際に我々の実験により動作性IQが高い人ほどゲーム中に前頭前野の活動が低下しやすいことも判明しており、適切に無駄な脳活動を抑えることで、認知処理のパフォーマンスを向上させている可能性を示唆している(ゲームをするとIQが高くなるという因果関係を示したわけではない点に注意)。
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どちらが科学的に正しいのかは、現時点では、私には判断できない。もう少し文献をあたってみたいと思っている。しかし、上記のスケールでの得点によって、インターネット、ゲーム依存症と判定して、判定されると、遠ざけられるというのでは、問題としても、それが解決するとは思えないのである。(続く)