オリンピック中止の経済損失という記事

 朝日新聞が「五輪中止、経済損失は1.8兆円 野村総研が試算」という記事を掲載している。これによると、中止されたときの損失は、1兆8108億円、無観客開催では1468億円とする試算を木内登英氏がまとめたと紹介している。しかし、よく読むと、最後のほうに、緊急事態宣言で失われるほうが大きいと断っている。
 なんとなく、妙な気がしたので、そのレポートを読んでみた。全文かどうかはわからないが、ウェブ上に「東京オリンピック・パラリンピック中止の経済損失1兆8千億円、無観客開催では損失1470億円」という題で、掲載されている。https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2021/fis/kiuchi/0525
 新聞で報道されている内容と、当然同じだが、具体的な計算方法が書いてあるので、わかりやすい。
 ただし、この報告には、基本的に違和感がある。経済的な計算上はそうなのかも知れないが、一国民としてオリンピックを考えると、このような計算そのものに疑問を感じざるをえないのだ。

 それは、ここでいう経済効果とは、どれだけお金が使われたかという点だ。お金が使われれば、経済効果があり、本来使われると思われるところで使われなければ、損失と計算する。しかし、そんな単純なものだろうか。
 例えば、今、オリンピックをすると、オリンピックのためのコロナ対策費がかかる。PCR検査、送迎の車代、飛行機代。これ以外にもたくさんコロナ対策のために生じる費用があるが、これらは、当然公費で賄われる。つまり、国民の税金だ。ここにかかる費用は、当然お金の動きだから、経済効果になるのだろうか。しかし、国民の立場、とくに、オリンピックに反対する立場からすると、損失以外ではない。オリンピックをやらなければ、かからない費用であり、オリンピック選手のためのコロナ対策ではなく、国民のためのコロナ対策に使える。オリンピックをすれば、4000人とも言われる組織委員会の職員の給与が発生している。もし、半年前に中止すれば、残務処理以外の給与はなくてすむ。つまり、税金による支出がなくなるわけである。国民とすれば、余分の負担が軽減されることだが、しかし、それは、お金が動かなくなるわけだから、経済的損失なのだろうか。
 オリンピックは税金でかなりの部分が賄われており、そこに利権などが介在し、国民の負担が極めて大きい。そういう無駄な部分があると、私のような立場からすれば認識する。とくに、今回の東京オリンピックは、コロナ対策のための莫大な余分の費用がかかる。そして、海外の観客を失ったことによる、それこそ、本当の経済的損失がある。そうした余分の負担、海外客の喪失は、「損失」と、私には感じられるのだ。だが、新型コロナ対策は960億円の「経済効果」になっているのである。更に、開催による経済効果として、大会運営費(仮設等、エネルギー・インフラ、輸送、セキュリティ、テクノロジー、オペレーション、管理・広報、マーケティング)が1兆2070億円となっているが、逆にいえば、中止にすれば、これらはかからない費用だから、国民からすれば、余分な負担が浮くことなのである。
 結論的にいえば、この試算は、お金の動きを経済効果として認識する前提にたてば納得できないことはないが、しかし、本当に必要なお金が使われているかという視点でみれば、まったく納得できない計算でしかない。更に、木内は、それでも中止による経済損失は、結論的にはたいしたことないと結論づけているが、朝日の紹介は、いかにも、中止すると経済的に大きな損失を被るという「印象」を作り出そうとしているといわざるをえない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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