高橋洋一問題は、既に収まっているかも知れないが、一言付け加えておきたい。
高橋洋一は、とにかく統計をもとにものをいう人だ。しかし、その統計自体が、信頼できなかったらどうなるのか。彼は、中国の経済統計は信用できないと、常々いっている。では、日本のコロナ感染者数の統計はどうなのか。欧米では、日本の統計は、実態よりかなり少なくでており、信用できないという見解は少なくない。検査数が圧倒的に少ないからだ。
高橋氏が、今回のさざ波論で示しているグラフは、「外国の集計による」、だから参考になるという前提でだした結論だが、いくら外国の集計でも、日本の数値は、日本が提出したものだろう。
現在の日本でも、広島は非常に増えているが、これは、明らかに、広島がかなりの検査数をしているからという側面がある。それに対して、東京は、人口に比べて、感染者数がいかにも少ない。高橋氏は、この広島と東京の感染者数を、そのまま比較できると思っているのか。思っているとしたら、統計を扱う人間として失格だろうし、高橋氏ほどの優秀の人間であれば、そんなことは思っていないはずである。とすれば、日本と外国の比較はどうなのか、という問題を処理する必要が出てくるではないか。もちろん、検査数が2倍になれば、陽性数が2倍になるわけではない。広く検査を行えば、当然感染していない人も対象になるから、数字上の陽性率は下がってくる。しかし、陽性数は確実に増えるだろう。こんなことは、まったく常識の範囲である。だから、欧米と日本の感染数を、そのまま比較するのは、統計上おかしいのだ。
日本は、昨年来ずっと、多くの人が検査数を増やすべきだと主張してきた。そして、安倍首相も、増やすことに同意して、そうすると公言してきたにもかかわらず、検査数は、外国に比べると圧倒的に少ないままである。今回、検査数の国際比較を検索してみたが、最近のものは、ほとんどヒットしないのだ。主に、昨年の春先の統計が出てくる。それをみてみよう。
2020.3.13(多少ずれ)の人口100万人あたりの検査数(https://data.wingarc.com/covid-19-tests-25207より抽出)
韓国 4831.1
ノルウェー 1514.5
イタリア 1420.5
イギリス 450.8
オランダ 350.2
フランス 98.8
日本 80.5
一年以上の前の数字だが、いかに日本が少ないかがわかる。おそらく、この傾向は、ますます開いていったと推測される。
端的にいえば、これは、検査に関する基本的姿勢の相違からくる。
多くの国は、感染状況を把握して、感染者はできるだけ隔離するという目的で行っている。だから、できる限り多数の検査が必要であるという意識になる。それに対して、日本は、好意的にみれば、治療の対象とするかどうかの判断で検査をする。当然、治療の対象とするには、それなりの症状が出ているだろうから、症状が出ている人を検査して、感染していたら、治療の対象にするが、発症もしていない人を検査しても、治療の対象ではないのだから無意味だということだろう。この前提そのものが、新型コロナウィルスに関しては、実は間違っている。
第一に、感染症でもインフルエンザのように、治療薬が存在している病気なら、この前提でも構わない。しかし、新型コロナウィルスは、いまでも、インフルエンザのように、開業医が検査して、その場で処方でき、家庭で服用して治療が可能であるというような、そういう治療法は存在していない。入院治療のみ可能であり、入院治療は、常識的にはかなりの重症患者が対象になる。(新型コロナウィルスの場合、軽症であっても、かなり重い症状といわれている。)従って、感染者に対しては、最低限隔離しなければならない。そのためには、多数の検査が必要なのである。
第二に、多くの感染症と異なって、新型コロナウィルスは、症状がなくても感染力をもつことがわかっている。従って、発症者のみを検査している状態では、無症状の感染者が、どんどん感染を広げる可能性がある。
このふたつの理由から、新型コロナウィルスに関しては、できるだけ多くの検査をして、陽性者は、その状態に応じて隔離をすることが不可欠なのである。
このことは、まじめにコロナ対策を考えている人には、素人であっても、常識になりつつある。なぜ、日本で検査数が増えないのかの分析は、高橋氏とはあまり関係がないので、ここでは省略する。
しかし、それでも、日本の検査数は、相変わらず、ずっと低いままであり、特に、最近はかつてよりも下がっているのである。
今年の1月に、東京都は、積極的疫学調査を緩和することを発表した。おそらく、東京都の感染がピークを少し過ぎたあたりだ。それまで、国内では、症状がある人を検査し、陽性になったら、濃厚接触者を調査して、呼び出し、検査をしてきた。ところが、それはかなり大きな作業負担があるので、保健所の職員の疲弊の要因となっていた。それをあまり積極的にはやらないと宣言したわけである。それから、東京都は、検査数の公表をリアルタイムでは行わないようになった。また、現在はどうかわからないが、東京都は、検査数の報告等をファックスで行っており、手書きデータであるために、よく間違いを起こしていた。そもそも、この時代に、データのやりとりをファックスで行うというのは、どういう神経をしているのだろうか。そんなやり方である上に、積極的疫学調査(クラスター対策)そのものが、大きな負担を強いるものだから、検査数が延びないだろうし、また、一端やめてしまえば、元に戻すことは極めて困難である。東京都の検査数が、広島や大阪に比較して、かなり少ないことは、驚くほどだ。
2021.5.14で比較すると
東京都
新規陽性 926.3人(0.3人ってなんだ?)
PCR・抗原検査 9414.4人
広島県
新規陽性 210人
検査数 6020人
となっている。人口を考えて、100万人あたりの検査数に概算すると、東京は672.4人であり、広島は、2229人である。如何に東京都の検査数が少ないかわかるだろう。しかも、東京の場合には、抗原検査をカウントしている。抗原検査は、過去の感染はわかるが、現在の感染はわからない。つまり、現在陽性かどうかの検査としては、もっと少なくなるはずである。
これは、広島県が例外的に多く検査をしているのであって、多くは東京に近いのである。(最近の東京の数値は、どう考えてもおかしいのだが)
つまり、どう考えても、日本の検査数は圧倒的に少ないので、欧米などと、感染数を、そのままの数字として比較することは、あまり意味がないのだ。それでも、高橋氏がだした図でも、イギリスと日本は逆転しているのだ。もちろん、高橋氏だって、そんなことは百も招致だろう。しかし、それを無視して、「さざ波」などといっている。もし、多少とも良心があれば、この統計上の不備を断りつつ、見解を述べるだろう。中国の統計の不備は熱心に述べ立てるのに、日本の統計の不備には目をつぶるというのであれば、どう考えても、まともな学者ではない。そして、そういう人の見解を熱心に聞いている菅首相の判断にも、誤りが生じることは避けられない。ここが問題である。