福島原発事故によって、日々大量に発生している汚染水の処理に関して、先日政府から「決定」がなされ、ALPSという放射性物質を処理・除去するシステムによって処理された「処理水」を海に放出する決定がなされた。当然、様々な議論が起きているが、日曜日の「サンデーモーニング」の特に目加田教授の発言にクレームをつける記事が目立った。民主党政権時代の原発事故担当大臣だった細野豪志氏と、最近テレビでキャスターを始めた中央大学教授の野村修氏である。二人の主張に共通しているのは、「素人は黙っていろ」ということだ。こういうことは、絶対に「識者」なるひとたち、そして当然政治家は言ってはならない。そして、専門家もである。素人でも、きちんと調べた上で、どんどんもの申すべきなのであるし、それが許され、かつ、丁寧な対応がなされるのが、民主主義社会というものだ。
まず細野氏の主張をみてみよう。東スポに掲載された文章である。
「細野氏は同番組内での中央大学・目加田教授のコメントを問題視。「サンデーモーニングの処理水についての目加田説子氏のコメントがひどい」と抗議した。
また「『海洋放出以外の方法やコストを検討していない』→ALPS小委で散々やった 『処理水の放出を認めたら燃料デブリもしそう』→同列に扱うわけがない」とした上で「全く前提知識のない人を知識人として地上波でコメントさせる弊害」と番組内での目加田教授のコメントと事実関係を解説しながら、その姿勢を批判した。
細野氏は民主党時代、原発事故及び再発防止担当大臣を務めるなど、原発問題に長く携わっている。」
https://www.excite.co.jp/news/article/TokyoSports_3043574/(東スポ)
次に野村氏である。これはデイリースポーツだ。
「中央大学法科大学院教授・弁護士の野村修也氏が19日、自身のツイッターを更新し、福島第一原発の処理水海洋放出についてコメントした。
処理水の海洋放出については国内外でさまざまな反応があるが、野村氏は「福島第一原発の処理水について、科学的根拠を示さずに漠然とした不安を垂れ流すのは厳に慎むべきだ。」と断言。雰囲気で論じることへ警鐘を鳴らした。
続けて「こうした無責任な発言こそが風評被害の原因になる。福島の方々に寄り添っているようで、実は一番の加害者。」と発言に込めた思いが逆効果になりかねないことも示唆。「政権批判というポジショントークのために、福島を風評被害の渦に巻き込むのは止めて欲しい。」と希望した。
海洋放出については、中国、韓国が日本政府の方針を非難。また、18日には衆院議員の細野豪志氏がTBS系「サンデーモーニング」の放送内容に反論するなどしていた。」
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20210419122(デイリースポーツ)
まず何よりも疑問なのは、細野氏や野村氏は、原子力に関する「専門家」なのかという点だ。細野氏は政治家であり、野村氏は法律学の専門家であって、自然科学者ではない。しかし、その立場上、細野氏や野村氏は、政府の政策立案過程に関わっている人物であるから、様々な資料を閲覧したり、あるいは説明を受けているという違いがある。そういう意味で、専門家ではないが、目加田氏よりも詳細な情報に接する立場になるから、「優位性」を主張したい気持ちは理解できるし、目加田氏の発言を不快にも思うのだろう。
しかし、目加田氏の発言は、まったくいいかげんなものなのだろうか。目加田氏の海洋放出以外の検討をしたのか、という疑問に対して、ALPS小委で散々やったというのが細野氏の見解だ。確かにやったのだろう。しかし、それは、本当にあらゆる可能性を検討し、十分にその検討結果を、国民にわかるように説明しているのだろうか。
次の文章は、経産省の原発に関するホームページに出ている文章である。
「以前にもご紹介したとおり、現在タンクに保管されているALPS処理水の約7割には、トリチウム以外の放射性物質も排出時の規制基準を超える濃度で含まれています。これは、浄化処理が始まった当初は、まずは規制基準を守るため、敷地境界(原発敷地内と外の境界)における追加の被ばく線量を下げることを重視していたためです。ただし、このような十分に浄化処理がおこなわれていない水については、タンクに保管している状態では規制基準をクリアできていますが、環境中に放出される際には、ALPSなどによる浄化処理(二次処理)をおこなって、放射性物質を規制基準以下にすることとなっています。」https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/osensuitaisaku07.html
いまの時点で、トリチウム以外の放射性物質が「基準以上」の状態であるのが、「処理水」と言われるものの「7割」だというのである。ところが、公表されている内容では、放出される処理水は、トリチウムだけが除去されていないが、そのトリチウムも国際基準からみれば、ずっと低いものであるというとりあえず説明されている。しかし、いろいろと検索して調べれば、AIPSは、トリチウムの除去ができないこと、そして、他の放射性物質を「完全には取り除くこともできない」と書かれているものがある。
そう考えると、素人であれば、以下のような疑問が出てくるのだ。
・トリチウム以外の放射性物質は、どのようなものが、どのくらい残っており、今後の二次処理で、どの程度除去されるのか。完全に除去されるのか、あるいは、相当程度、減少するだけなのか。
・もし、トリチウム以外の放射性物質が完全には取り除けないとすれば、トリチウムと違って、食物連鎖のなかで濃縮され、やがて人体に影響を及ぼす可能性はないのか。
・韓国や中国も原発の処理水を放出しているというが、通常の原発の処理水と、福島の事故によって生じた汚染水とは、全く異なるはずである。通常の処理水は、冷却水だから、大量の放射性物質をそもそも含まないが、福島は、デブリに触れた汚染水が含まれるのだから、そもそも異なる性質のものだ。その点を踏まえた説明はなされているのか。
更に、細野氏は、放出以外のことも、散々検討したと述べている。しかし、私がいろいろと調べた限りでは、ロシアで開発されたというトリチウムの除去システムについて、どのように検討したのかは、どうしても探すことができなかった。検討されていたことまでは否定しないが、国民がその検討結果を容易には探すことができないというのは、きちんとした公表がなされていないということだ。そういうことがらが、他にもあるに違いない。(私は自分の関心で調べているだけなので、他にチェック項目はたくさんあるだろう。)
問題なのは、細野氏や野村氏は、そうした情報にアクセスできる立場であるわけだから、もし、「素人が勝手なこと言うな」というのならば、国民が容易に、かつわかりやすい形で、情報提供がなされているべきである。そうでないならば、お上のいうことには文句いうな、だまって従え、ということになる。目加田氏だって、何も調べずに、発言したわけではないに違いない。調べたが、どのような検討がなされたのか、わからなかったということだろう。
もうひとつ全く逆のことを確認しておこう。素人は勝手なことをいうな、というのならば、麻生大臣の「水道水より安全で、飲める」などという発言にも、苦言を呈するべきであろう。あのような発言こそ、国民に対して、処理水に対する不信感を募らせるものだ。二人は、その発言には何か指摘したのだろうか。
現在の政府の情報開示が、いかに国民を愚弄するようなものであるかは、いろいろなところで露顕している。そうした状況こそ、重要な立場ある両氏は、その改善に努力すべきではないか。