原発汚染水放出への疑問(再)

 この問題については、ごく素人的初歩的なことを書いたが、やはり、まだ疑問が残る。こうした問題は、やはり、きちんと考えている限りは、素人にも十分納得ができるような説明が必要であると考えるのだ。前回から、新しいことが起きた。それは、中国外務省の趙立堅副報道局長が14日の定例記者会見で、東京電力福島第1原発の処理水について「飲めるというなら飲んでみてほしい」と述べたことだ。これは麻生財務相が、汚染水の水は、水道の水よりも安全で飲める、と発言したことに対して述べたものだ。いかにも、挑発的な発言だが、やはり麻生氏の言い方に大きな問題を感じるし、それは政府全体の問題でもあるのだ。
 はっきりいえば、麻生氏の発言は、日本国民をも馬鹿にしたようなものだ。でたらめを述べているからだ。もし、本当に水道の水よりも安全で飲めるならば、なぜ海に放出する必要があるのか。むしろ、それこそ飲み水として、水道に使えばいいではないか。何故そうしないのか。答えは明らかだろう。水道水より安全だなどということは、全くなく、飲めるはずないからだ。本当に、飲めるのならば、自分で言ったことなのだから、麻生氏自身が、絶対に「これは汚染水である」ということかわかる水を、公開の場で飲んでみせるべきだ。それができないなら、日本国民だけではなく、世界に対して嘘をついたことになる。冗談に決まっているだろう、などというとしたら、こうした深刻な問題をちゃかして、でたらめを平気でいうということだ。そんな財務大臣を信用できるか。

 
 別のことになるが、日本政府は科学者が安全であることを保障している、とことあるごとに述べている。しかし、これも残念ながら、原子力に関しては、科学者のいうことを信じられないという感覚が、原発事故以来こびりついている。そういう人は、多いだろう。もともと、原発の安全神話などまったく信じていなかったが、原発事故を経験して、ますます科学者には信頼感をもつことかできなくなった。3月は春休みなので、私は震災から原発事故、そして、その後はずっとテレビにかじりついていた。そして、次から次に出てくる原子力の専門家が、事故はそれほど深刻ではなく、メルトダウンは起こしていない、構造上起きることはありえない、などと解説していたことを鮮明に覚えている。専門家がテレビで、そう言っていた時期に、既にメルトダウンしていて、深刻な事態になっていたのである。更に、不信感に追い打ちをかけることを知った。
 テレビで、東京での放射能はまったく心配いらない、換気しても大丈夫だ、と語っていた教授が、大学に帰ってみると、研究室の窓が開いていたので、驚き、早く閉めるように怒鳴りつけたという。そして、窓なんか開けていたら放射能が室内に入ってくるんだぞ、とわめいたそうだ。当時、私の娘がその大学の大学院生だったので、その話を、教授の研究室の人から、直接聞いたのだ。これが、研究者の実態なのだ。もちろん、信用できる研究者が圧倒的に多いとは思うが、こと、原子力発電にかかわる科学者は、まず、信用度について疑ってみる必要があると思う。だから、科学者が「処理水は安全」などといっても、そのまま信じるわけにはいかないのだ。
 
 では、汚染水をどうしたらよいのか。
 まずは、丁寧に、かつ「正確」に国内、国外に説明すべきである。「水道水より安全で飲める」などという主張は、絶対にしてはならない。リスクがあるから、水道水にはできないのだから、そのリスクについても、きちんと説明し、それでも、国際的には許容される範囲だと説明する必要がある。
 さらに、ロシアがトリチウムの除去施設を完成させたとの報道がある。それは数年前のことだ。にもかかわらず、放出にかかわる説明では、この点は出てこない。採用しないにしても、その理由については触れるべきだろう。何も説明がなければ、本当はまだやれることがあるのに、無視しているのかも知れないという疑念をいだかざるをえないのだ。
 また、放出への反対声明がいくつかあるが、その多くは、「トリチウム以外は処理してなくなっている」という説明に疑問を呈している。
 こうしたいくつかの疑念が、素人にも残っているのである。だから、政府が任命した人だけの検討ではなく、IAEAや中韓の専門家も招いて、検討させればいいではないか。彼らも納得する線までもっていけば、放出しても、漁民は安心なのではないか。中韓の原発の処理のデータをきちんと示せば、中韓の科学者たちも、日本の状況を客観的に見るのではないか、と期待する。
 そういう努力をしないまま、期限だからというのでは、ますます不信感を増大させるだけだ。
 
 もう一点、山口公明党代表などが、立憲民主党が放出への批判的見解を述べると、原発事故の責任があるだろうというような言い方をしているが、あの津波で事故が起きたことの責任を、内閣が負うとしたら、菅直人内閣ではなく、第一次安倍内閣である。第一次安倍内閣のときに、国会で、津波による福島原発事故の危険性が指摘され、対策をとることを求められたにもかかわらず、それを安倍首相が拒否した事実がある。政権をとって、2年目の政党に、責任を負わせるのは公平ではない。私は立憲民主党支持者でもないし、当時の菅直人内閣の対応のまずさには、腹が立つ思いだが、それは、対応のまずさであって、原発事故が起きた責任があると考えてもいない。そして、汚染水の対応そのものは、その後の長い安倍二次内閣での取り組みが大部分なのである。山口代表こそ、きちんと事実をみていってもらいたいものだ。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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