政治家の本は、これまでほとんど読んだことがないが、やはり、総理大臣になったひとが、何をどのように考えているのか、知る必要があると思い、Kindleで購入できるので、読んでみた。おそらく、ゴーストライターが書いた文章だろうが、非常に読みやすく、菅首相の考えや発想法がよくわかる。そして、わかると同時に、このひとは、やはり権力主義者なのだということと、彼の政策は、個別領域のなかでの発想に留まっており、体系性とか、論理一貫性はないのだということが、よくわかる。もちろん、個別政策の中では、なるほどと納得できるものもあるが、いろいろと疑問がおきるものが多い。
まず感じたのは、人事のやり方である。人事を活用して、自分の意図する政策を進める手法が、いろいろなところで、紹介されている。そして、多くの場合、官僚の抵抗にあう。官僚の既得権を侵したり、あるいは、官僚の天下り先を削減することになるから、官僚は抵抗するのだという認識だ。そして、官僚の抵抗に対して、論理的に説得するのではなく、大臣としての権力を示して、「とにかくやれ」というような押切方をしていることが多い。そして、自分の決めた方針に反対する官僚は切ると、菅氏は明言しているわけだが、必ずしも、反対しているから切っているというのでもないことが書かれている。NHK改革の部分で、ある担当課長を菅総務大臣は更迭するのだが、別に、自分の政策に反対されたからではない。総務省内にある官僚と新聞社の論説委員の論説懇があり、そこで、NHKを担当している課長が、自民党内にはいろいろな意見があるので、簡単ではない、というような趣旨の発言をしたことが、耳に入り、「論説委員の質問に答えるならいいが、質問もされていないのに一課長が勝手に発言するのは許せない。担当課長を代える」という理由で、更迭しているのである。つまり、話が始まるまえに、「いろいろな意見がある」と自分の意志で述べたことを更迭理由にしている。決して反対したわけではない。こんな更迭人事が実行されたら、官僚たちは、決して意見を具申したりしなくなるだろう。とにかく、言われたことをやる、質問されたら、方針に添う形の回答のみをあげる。そういう傾向になることは明らかだ。
菅人事の特徴は、事前には勝手な意見を言わせず、大臣が政策を提起したら、それに反対せず、従う者だけを残す、ということだろう。これは、官僚の劣化をもたらすことは、必至である。
次に、ここに書かれていることが本当なら、菅氏が、とにかく精力的に働く政治家であることは、実によくわかる。しかし、やっていることが、本当に小さな領域の政策なのだ。もちろん、特定秘密保護法などのような、国家戦略というべきものもあるが、これは、アメリカ等の要求でとりくまざるをえない形で、課題となったもので、菅氏が考えだしたものではない。
一応、菅氏が、総務省関連で実施したという政策を目次に従ってあげておこう。
・地方分権改革推進法、ふるさと納税、頑張る地方応援プログラム、南米にデジタル放送日本方式の売り込み
・朝鮮総連の固定資産税減免措置見直し、拉致被害者救出のための電波の獲得、拉致問題でNHKに放送命令、夕張市関連での地方財政健全化法、高金利の政府資金を切り上げ救済
・年金記録問題、独立法人の家賃節約、首長の高額退職金メス、新型交付税制度、首長多選禁止への道筋
・あるある大事典捏造への警鐘、NHK受信料の義務化と二割削減、NHK会長を外部から
人事関連では、前期のNHK担当課長の更迭と、ノンキャリアを局長に抜擢というのがある。
・アクアラインETC割り引きの実現、港湾行政のワンストップサービス
以上が具体的な実績として、菅氏自身があげていることだ。そして、これらを実現するやり方は、だいたいにおいて強権的である。自分で書いているのだから、間違いないだろうし、またそれを誇って書いている節がある。確かに、好ましい政策が実現しているとしても、副作用が怖い気がするのは私だけだろうか。菅氏がいつも自慢して語っている「ふるさと納税」などは、ゆがみも非常に大きいし、NHK受信料の義務化が正しい政策と考えるひとがどれだけいるかも疑問だ。受信料の義務化と値下げをペアにするというのは、いかにも、便宜的なやり方ではないか。値下げということで、いかにも国民の利益を図っているようにみえながら、やはり、NHKの「義務化」要求に応えた政策だろう。
首長の高額の退職金の是正というのが、彼の信念であれば、山田内閣広報官が、それほど長くない勤務期間、しかも、懲戒処分を受けるのが妥当であるようなことをしているにもかかわらず、病気で迅速に辞職したために、高額の退職金を支給されていることについては、まったく異論をもっていないようだ。辞職したからといって、懲戒処分ができないわけではない。辞職願いを、処分の可能性かあるという理由で保留することだって可能なのだから。
菅氏の師匠は、梶山清六氏だそうで、その教えがいくつか書かれている。
「政治の役割は、国民を食わせることだ」
「勉強して、官僚のいうことを判断できるようにしろ」
自助を強調する菅テーゼは、梶山氏の教えを継承しているようには見えないし、官僚のいうことを判断できるということも、誤解しているような気がする。
梶山清六が言っていることは、勉強して、官僚のいうことをきちんと判断できるようにしろということであって、自分の政策に反対するものを更迭しろということではない。政策が決まるまで、十分議論して、納得のいくような政策がきまれば、それまで反対していた官僚も、内心はともかく、その政策の遂行に抵抗することは、ほとんどないはずである。議論をする段階で、反対意見も躊躇なくいえる雰囲気が必要なのであって、それを抑圧するようなやり方は、決してとるべきではないのだ。ここに書かれた官僚とのやりとりは、自分が決めたことは実行するのが官僚の役割であると思い込んでおり、官僚と議論して、よりよいものを作り上げていこうというような姿勢は、ほとんど感じられない。そして、官僚は既得権があるから反対するのだという思い込みも強い。
こうした姿勢は、総務大臣として、個別政策を扱っている間は、まだ大きな欠点とはいえなかったかも知れないし、官房長官として、裏方として支える立場では、ちからを発揮したかも知れないが、首相となって、大きな政策を扱う必要に直面すると、途端に的外れなことをやってしまうことになる。コロナ対策として、何か有効な対策をとったわけではないし、むしろ、GOTOに固執して、感染を拡大してしまった。支持率が低下したのも当然だろう。