今日(2月24日)の羽鳥モーニングショーでは、自転車の煽り運転の映像がかなりしつこく流され、こうした運転の危険性と責任について扱われていた。先週も事例は異なるが、同じテーマの放送があった。だいたい、私の印象では、テレビ朝日はこの手の告発ものが好きというか、得意というか、よく扱う。しかし、みていて、確かにこうした問題を扱う必要はあると思うが、扱い方にどうも疑問を感じるのである。映像をこれでもか、というほど繰り返しみせるのだが、これを見て「俺もやってみようか」というような気持ちを起こすような若者が、出てもおかしくないと感じてしまうのだ。そんなことは、どんな番組でも起きる可能性がある、といえば、確かにそうだが、扱いかたによって、程度の差は出てくると思うし、だいたいにおいてテレ朝の扱いかたは、まねするひとが出ることを、最大限防止しようという姿勢をあまり感じないのである。
今でもよく覚えているのだが、大分前に、海岸で盗撮している人たちの告発映像を扱った、昼のテレ朝の番組があった。(羽鳥モーニングショーではない)テレビのカメラマンたちが、盗撮している人たちを遠くから望遠レンズで撮影して、盗撮の実態を放映して、注意を喚起しているわけだが、テレビカメラ自身が、実は盗撮をしているわけで、実態を明らかにするためとはいえ、盗まれたものを自分達で盗んで、これが窃盗品です、と公開しているようなものではないか。更に、問題なのは、海岸での盗撮者たちが使っている特殊なカメラを、秋葉原で調査してきて、秋葉原のこういう店で簡単に買うこともできるのです、とこれも注意喚起のつもりだろうが、盗撮できる品物の入手方法を教えているようなものだった。これをみて、完全に呆れた。
こうした犯罪的な行為を告発し、注意を喚起することの意味まで否定しようとは思わない。確かに、これで、被害者にならないために注意するひとが出てくるだろう。しかし、こうした報道は、諸刃の剣という側面から逃れられない。犯罪報道には、常につきまとう問題だ。そして、犯罪の報道には、必ず誘発効果があると考えるべきなのではなかろうか。
新潟県で、少女が誘拐され、9年間も監禁されて、その後解放されたという事件があった。確実な根拠があるわけではないが、この事件は、その直前に起きた女子高校生の監禁事件の報道が誘発した側面があると考えている。殺害した高校生をドラム缶につめて,コンクリート詰めにして捨てたこの事件は、発覚してから、半年以上煽情的な報道が続き、その一部は、いまでもネットで見るができる。あれだけの報道があれば、真似をしようという人物が現れても不思議ではない。新潟の事件は、この連日の報道が始まって、1,2カ月たった事件で起きた。
自殺報道は、模倣するひとが出やすいと言われているが、それはあらゆる犯罪にあてはまるのではないだろうか。
メディア側は、こうした報道をいつも、「国民の知る権利」があるから、そのために報道しているのだという。しかし、国民の知る権利が、個々の具体的な詳細まで含むものなのか、あるいは、プライバシーにかかわるようなところまでなのかについては、あまり配慮がないように思われる。少年犯罪者の実名報道などにも、それはあてはまる。実名報道をする側からは、必ず「国民の知る権利」を根拠にする説明がなされる。
犯罪者の実名を知ったからといって、それによって、注意が喚起されるわけでもない。必要なのは、どのような犯罪が行われ、それにあわないようにするためには、どういう手段がありうるのか、という点である。そこに固有名詞は、ほとんど関係ないのではなかろうか。
犯罪報道は、行われた行為に限定して報道する。場所、個人名等は絶対に必要な場合以外には伏せる。それで「知る側の国民」としては、十分である。私にとってはそうだ。
煽り運転等の注意喚起のための報道は、映像は最小限に留め、そうした行為を行った場合には、どのような罰則があるかを明確にし、また被害をうけたときの対処法等を重点に報道すべきであると考える。