韓国の慰安婦訴訟判決について1

 韓国で、日本政府に慰安婦への賠償請求を認める判決がでて、またまた物議を醸している。日本の報道は、ほぼ韓国非難で、唯一の例外が日本共産党と思われる。ただし、共産党も、判決を支持しているわけではなく、日本政府は韓国とよく協議すべきであるとの主張に留まっている。私自身は、もちろん、今回の判決を支持するものではないし、酷いと思うのだが、日本政府の反論を見ると、必ずしも説得力があるものではないのだ。ここは、冷静に考える必要がある。国際世論は、日本に味方すると思い込んでいるのか、それほど詳細な反論など必要ないと思っているのか、徴用工訴訟判決のときもそうだったが、単に「遺憾である」とか「認めない」などというだけでは、韓国はもちろん、国際社会が日本の立場を認めるかどうかは、不明だと私は思っている。日本政府の主張は、一貫しているようで、実は、揺れもあるからだ。
 今回の判決に対して、日本政府は、「国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約」を根拠に、政府は外国人からの民事訴訟については、免除されていると主張して、この判決が国際条約違反であると、単純にいっているように感じられる。つまり、裁判そのものが成立しないという立場をとっているようだ。だから裁判は完全に無視してきた。では、その条約はどんなものなのか。

 ウィキペディアの説明では以下のようになっている。
 
国家およびその財産に関して免除が認められる具体的範囲等について主に以下のとおり定める。但し、刑事手続および軍事的な活動については対象外としている。
1. 国は、当該国が明示的に同意した場合等を除き、他の国の裁判所の裁判権からの免除が認められる。
2. ただし、商業的取引から生じた裁判手続、雇用契約に関する裁判手続等本条約に定める裁判手続については免除が認められない。
3. 国の財産に対する差押え等は、当該国が明示的に同意した場合等を除き、とられてはならない。
 
 確かにこの条約によれば、訴訟そのものが成立しないように思われる。しかし、実は、この条約は、まだ発効していないのだ。30カ国の批准が成立のために必要である。日本は批准しているが、アメリカ、中国、ソ連、ドイツ、イギリス、フランスなどのいわゆる大国は、いずれも批准していない。国際連合のホームページによれば、2021年1月9日現在の批准国は、19カ国である。
 
 つまり日本政府は、まだ成立していない条約をたてに、裁判そのものの不成立を主張していることになる。
 だからといって、日本政府のいうことが、まったく奇想天外というわけでは、もちろんない。国家の免責は、「国際慣習法」によって、認められてきたからである。この条約は、慣習法だったものを成文化しようというものだと理解できる。しかし、現在はなお慣習法であって、慣習法は、常にあいまいなものだ。状況によって様々に変わりうるし、また、多様な解釈が引き出される。そして、国家免責については、訴訟例が既にあり、必ずしも、日本政府にとって、確実に有利な判断が示されているものではない。
 徴用工訴訟のときには、日韓条約によって、永久かつ不可逆的な解決が、既になされているという論理で突っぱねようとした。しかし、争いは、いまだに継続中である。そして、今回の慰安婦訴訟では、国家免責という国際法に対して、違反した判決であるから、国際司法裁判所に訴えるとしている。しかし、訴えたとしても、実は、国際司法裁判所が、日本の立場をそのまま認めるかどうかは、わからないのである。そして、韓国にある日本政府の資産の差し押さえをするかいなか、という政治騒動が続いていくことになるのだろう。
 日本政府は、より緻密な論理構成が、本当に必要だとは思わないのだろうか。
 
 そこで、非力ながら、個人としてこの問題を少し考えてみたい。今回は、問題の整理をしておきたい。
 第一に、訴訟の有効性の問題である。日本は、いずれも訴訟そのものが成立しないという立場をとっている。それは、個人の請求権の有無、および国家免責というふたつの問題がある。徴用工訴訟は前者だけの問題だったが、慰安婦訴訟は両方が関係している。もちろん、双方が日韓条約と絡んでいる。
 第二に、慰安婦問題そのものの日本の責任問題である。これは散々争われてきた。日本の国内の議論も分かれている。
 第三に、慰安婦問題は、これまでの交渉、および決着、そして、その破棄という複雑な政治過程があった。それとの今回の訴訟の関係という問題である。
 そして、最後に、日本、韓国、北朝鮮、中国、アメリカという国際関係の今後の変化と、そこにおける日韓の補償・賠償問題の関連である。
 以後、ひとつずつ考察していきたい。
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です