読書ノート『メディアの闇 安倍官邸vsNHK 森友取材全真相』相澤冬樹

 「桜を見る会」の問題は、国会が開けば再燃するだろうが、森友問題もやはり、曖昧にするわけにはいかない。あれはたいした問題ではないと言う者もいるが、安倍内閣における政治の劣化が象徴的に表れているものであって、無視するわけにはいかない。財務省の公文書改竄事件で自殺をした赤木氏の件を取り上げて、注目された相澤冬樹氏の、森友問題の取材を記した本が文庫になった。
 kindleで購入して、すぐに読み終わったが、奥付をみると、2021年1月20日だった。未発売の本の読書ノートは初めてだ。旧版は前にだされていて、森友事件の文書改竄の責任を押しつけられた形で自殺した赤木さんの妻との接点部分が補筆されたものだ。
 題名からして、森友事件の真相、特に安倍首相や夫人の関与について、詳細な追跡があるのかと思っていたが、そこは皆無に近かった。あくまでも大阪の記者として、森友関連の取材を記録したものだ。
 著者は、森友事件には2つの大きな疑問があると書いている。
 第一は、基準を満たすのかについて疑問のある小学校が何故「認可適当」とされたのか。
 第二は、小学校予定地として何故国有地が大幅に値引きされて売却されたのか。

 このように、的を絞って、取材していく。最初は大阪府の私立学校審議会の会長であり、森友学園の認可を担当していた梶田氏への取材記録がまず詳細に書かれている。しかし、この「何故」の解明はまったくされていない。
 2014年に認可申請が提出され、定例の私学審議会で「認可保留」になった。当時は幼稚園があったわけだが、そこでは教育勅語を暗唱させたり、安倍首相頑張れと唱和させたりと、いろいろな疑問がだされていたからだ。ところが一カ月後の2015年1月に「認可適当」となった。これが何故なのかというのが、第一の疑問である。しかし、残念ながら、この問題は、本書ではほとんど考察されておらず、また、取材もされていない。相澤氏が取材を始めたときには、むしろ、正式認可されるのかが焦点だった。そして、実際には、開校準備が進んでおり、進学希望者も存在していた。そういうなかで、第二の問題の国有地払い下げに対する疑惑がでて、俄かに「認可問題」が騒がしくなったのである。相澤氏は、主に審議会会長の梶田氏への取材の記録を綴っている。梶田氏の記者会見で、時間を大半を相澤氏がつかってしまうという強引なことをしている。しかも、かなり辛辣なつっこみをいれている。だが、記者会見のあと、失礼を詫びにいくのだが、梶田氏は、心理学者だけあって、質問で回答を引き出すテクニックだとして、相澤氏に対して非難めいたことをいわない。そして、後日インタビューに応じるほどなのだが、その理由は、正式認可がなされなかったとき、既に応募している子どもはどうなるのかと、子どもの心配をしていたのが、相澤氏だけだったということだった。こうした応対は、質問にはぐらかす対応ばかりする安倍晋三氏とは、まったく対照的である。
 問題の認可は、かなり批判が出ているなかでの審議会開催の直前に、籠池氏が申請を取り下げることになって、第一の疑惑そのものが消えてしまったことになる。だから、本書では、第一の問題はここで立ち消えになってしまう。
 様々な報道によれば、当初安倍首相と夫人が、この教育理念に肩入れしていたし、また、籠池氏がさかんに安倍首相にアプローチし、支援を求めていたといわれる。最初は安倍晋三の名前を冠した学校にする予定だったのが、首相になったので、さすがにまずいと思ったのだろう、その名前を辞退し、瑞穂の国記念小学院という名称に変更され、安倍昭恵氏に名誉校長となることを依頼して、快諾されている。安倍首相が肩入れをしていたのは、教育勅語を暗唱させるような、復古的な理念に共鳴したからだろう。認可にせよ、国有地の大幅値引きにせよ、安倍夫婦が支持していることに対して、まわりが忖度したことは、疑いようがない。直接、安倍首相の指示があったとは思えないが、夫人がまわりに働きかけた可能性は十分にある。
 しかし、本書ではそうしたことの取材は一切行われておらず、また、資料による分析なども全くない。あくまでも、国有地問題発生から関わるようになった相澤氏の、取材記録に限定されて書かれているためだ。そういう意味では、「取材」の記録なのである。著者の矜持を示しているともいえるし、読者としては不満を感じる面でもある。
 その取材から見えてくるのは、やはり、メディア上層部の介入である。さすがに安倍首相、昭恵夫人、佐川局長などに取材しているわけではなく、現場にいる検事や梶田氏、籠池氏などであるが、その苦労や取材のテクニックなどとともに、何か重要なことを掴んで、放送用の原稿を送ると、それが真実を厳しくついた内容であるほど、ストップがかかる。著者の「闘い」の相手は、取材先、検察よりも、NHK上層部という感じになっている。
 いまでも大手メディアの社長クラスが、頻繁に首相や自民党指導部と会食をしているが、そうしたことが、現場の記者や番組制作者に、圧力として、真実の報道を妨げていることが、よく理解できる。
 結局、相澤氏は記者を外され、NHKを辞職することになるわけだ。そして、かなりの自由を保障された形で(給料は低くてよいから、他のメディアに書くことを認めてほしいという条件を相澤氏が要求した)、大阪日日新聞の記者となり、この本を初めとして、いくつかの著作が出版されることになった。
 森友問題の分析を求めると、あまりえられるところがないが、相澤氏が書きたいことは、彼の取材姿勢なのだろう。それは学ぶところが少なくない。特に、取材をする相手は、まず回答したくないことを聞かされるわけだから、直接の質問をしても、答えてもらえることはまずない。そこで、取材を相手を徹底的に調べ、趣味、家族、仕事等々配慮しながら、質問するのではなく、語りかけ、好意をもってもらうことから始める。その具体的例がいくつかでている。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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