日本人は集団免疫を獲得したのか

 これまで私自身はあまり注目してこなかったのだが、上久保靖彦という京大の特定教授が、ネット上ではけっこう支持されているらしい仮説を提示している。検索していると、確かに納得している人も少なくないのだが、専門家のコメントがほとんど見当たらないのだ。テレビで専門家との議論があったが、質問責めにされ、それにきちんと回答したのに、回答部分が放映のときにカットされたとも、本人がyoutubeで述べている。それが、専門家との討論としては、ほぼ唯一の機会だったのだろうか。
 本当らしくもあり、そうでない感じもするので、当人の発言や文書を検討してみた。
 
 その前に、新型コロナウィルスについては、まだ解明されていないことかけっこうあるようだ。あくまでも素人としての疑問をあげておきたい。
ア 欧米では死者や感染者数が、日本より圧倒的に多い。東アジアでは、日本人は悪いほうだが、国際的には、目立って少ない。この理由は何か。
イ 新型コロナウィルスは、これまでのコロナウィルスやインフルエンザと比較して、重い病気なのか、単なる風邪の一種なのか。
ウ 専門家会議は、発症前に感染させるとか、あるいは感染しても、他人に感染させるのは2割だけだというが、それは本当か、また本当だとしたら何故なのか。
 
 さて、この上久保論は、主にアに対しての仮説を与えたものだといってよい。他にも、BCG説、日本人の生活習慣説などがあるが、上久保氏は、日本人には集団免疫が形成されているからだと主張している。その議論の骨格を私なりにまとめてみる。

 
1 2019年の11月には中国の武漢で新型コロナウィルスのS型が発生し、これは弱毒性だった。そして、日本や欧米に感染が拡大していて、免疫が形成された。
2 2020年の1月になると、K型という、S型よりは若干毒性の強い変異種が現れ、これも拡散したが、欧米はいち早く2月の初めに中国からの入国を禁止したので、K型は拡散しなかった。しかし、日本は中国からの入国を3月半ばまで禁止しなかったので、K型の免疫が日本人に形成され、集団免疫を獲得した。
3 3月に中国とヨーロッパに、G型という強毒性の変異種が現れ、猛威を振るったが、日本人は、S型とK型の両方を免役を獲得していたので、G型によって、拡大することも、重症化することもなかった。しかし、欧米では、K型の免疫がなく、S型のみだったので、そこにG型に感染すると、ADEという毒性が増幅される現象が起きて、甚大な被害が生じた。
4 この抗体は、B細胞ではなく、T細胞に形成されているので、まだ認識されていない。
 
 以上が上久保理論の骨格である。ここに付随的な論がつけ加わる。
5 BCG理論は、摂取国でも重症化している国や、摂取していなくても重症化が顕著でない国もあるので、妥当とはいえない。
6 PCR検査は、検査認定レベルが日本は高く、他のウィルスにも反応してしまうことと、陽性と感染とは異なるので、あまり意味がない。
 
 この論をyoutubeの松田政策研究チャンネルでみて、興味をもったが、結論的には、現在の時点では、納得していない。今回は、その理由を書いてみる。もちろん、私は素人なので、厳密にこの理論は間違っていると断定することはできないが、ただ、言われていることの論理整合性を考えることはできる。そういう点で、疑問となる点か少なくないということだ。
 
1について
 2019年にS型が知らない内に流行して、そこで免疫を獲得していたとする根拠は、インフルエンザの流行の度合いから判断している。ウィルス干渉はよく知られた事実だということで、確かに、2019年の暮れからインフルエンザの流行が鈍化し、そして、ほぼなくなってしまう。2019年の暮れは、通常よりも半分くらいしかインフルエンザが発生せず、2020年になるとほぼなくなったことから、19年にはかなり弱いS型の新型コロナウィルスが流行し、20年になると、それよりも少し強いK型が流行したとする。しかし、上久保氏の解説によっても、インフルエンザの流行を抑えたのが、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)であることは、実証的に確認しているわけではないと思われる。しかも、インフルエンザの流行の減衰具合から、異なるS型とK型の変異が生じて、毒性が強まったと結論づけている。ネットでの説明であるが、ウィルス干渉とは、先に感染したウィルスが受容体をふさいでしまうために、あとからやってきたウィルスは、受容されないということだという。そうすると、インフルエンザの流行の度合いと、先行したウィルスの毒性の度合いとが相関するというのも、納得できる説明ではない。広がりの度合いとの相関になるのではないかと思うのだが。
 
2について
 入国禁止措置については、松田チャンネルでも質問がだされていた。いち早く入国禁止した台湾ではなぜ大丈夫だったのかということについて、上久保氏は、禁止するというアナウンスがあって、急いで帰国した人たちが、K型をもたらしたというのだが、それならば、ヨーロッパ、とくにイタリアにもそういう人がいてもおかしくないはずだ。イタリアで最初にひどい感染状況になったのは、イタリアは中国と関係が深く、中国人が多数いるからだということだったが、台湾と同じような状況は生まれなかったのか。日経新聞で2020年2月当初の入国制限をみると、中国滞在者の入国禁止、武漢等の一定地域からの禁止、航空機・鉄道の禁止など、多様な形態があるが、この形態と感染状況とは、あまり一致していない。
 
3について
 ここが最もすっきりと納得できないところだ。まず、S型、K型、G型といっても、新型コロナウィルスの変種なのだから、免疫系はだいたいにおいて効くのではないか。これが素人考えだ。もし変種になって効かないのならば、ワクチンの有効性もかなり疑われるし、日本人はS型とK型の免疫ができていたから大丈夫で、S型しかないところに、G型が入ると、ADEが発生するというのも、明確な理由が示されているわけではなく「推論」とされている。何故、K型があると起こさないのか。S型とG型がADEを起こすのに、K型とG型が起こさない理由は、私か見る限りまったく示されていない。そして、最も重要な部分について、「推論」というのでは、納得がきる人は少ないだろう。
 また、ほとんどの免疫に関する説明文書を読んでも、集団免疫を獲得するには、かなりの時間がかかるとされている。しかし、S型とK型ウィルスに対する集団免疫が、ほとんど2、3カ月で形成されたような説明になっている。国民全体レベルで考える必要がないとしても、そんなに感染速度は早いものだろうか。その点の説明は上久保氏によってなされていない。300名程度の抗体検査で確認したというが、日本人の集団免疫の成立を、それだけの調査でいえるものだろうか。
 
4について
 免疫については、上久保氏は専門家であるというので、まさかいいかげんな説明ではないと思うが、素人としては、松田チャンネルで説明したことは、不可解なのである。上久保は、まだ抗体は検出されていないが、それはB細胞を検査しているからであり、この免疫は、T細胞に形成されていると説明している。そして、ある専門家から問われたときに、T細胞ですよ、と上久保氏がいうと、「それならあるかもしれませんね」と答えたというのである。しかし、一般的な解説文を読むと、免疫系ではT細胞が主要な役割を果たしており、研究者がT細胞を無視しているとは思えないのである。そして、T細胞での検査キットはまだ作られていないので、開発中であるといっている。検査しているわけでないのに、何故T細胞に新型コロナウィルスの免疫が形成されているといえるのか。
 
それ以外の疑問について
 上久保氏は、新型コロナウィルスの感染は、感染者すべてによって起こるような前提で述べている。そうでなければ、それほど急速に集団免疫が形成されるはずもない。しかし、専門家会議の説明では、感染者の2割のみが感染力を有しており、8割は自分で感染するが、他人に感染させることはないとしている。私自身、その説明にも納得がいかないが、上久保氏がこの点について、触れていないのは不可解である。
 そして、最大の疑問は、彼の予想に関してである。
 『Will』の記事は読んでいないが、上久保氏が対談をしており、見出しをみると「第二波はこない」とある。9月号だから8月に出ているのだろうが、8月は第二波の真っ最中である。レビューは例によって高評価が多いが、ひとつだけ、「第二波はきていますけど」というのがある。記事は対談のようだから、遅くても7月に行われており、まだ第二波的兆候は弱かったかも知れないが、しかし、良心的な出版であれば、発売段階で削除するのではないだろうか。
 この調子で上久保氏の予想は、次々と訂正されていくのが特徴だ。
 第三波は来ない。
 第三波は11月に終息する。
 第三波は年内に終息する。
 第三波はピークを1月か2月に迎えて、その後終息する。 
 このように終息予測が、事実の進行によって、次々と訂正されている。そして、12月末の松田チャンネルに出演予定だったそうだが、突然出られなくなり、(論文執筆と、体調不良と説明していた)メモを松田氏に託して、松田氏がそれを読み上げる形になってる。主張の骨格は全くかえていない。そして、次のような内容を示している。
 
1 K型に対する免疫は11月にきれる。G型に暴露していない人は、11月以降重症化の恐れがある。
2 G型の免疫をもっている人も、新型強毒型が流入すると発症する可能性、高齢者は重症化。
3 社会隔離を厳密に行っていた人中心に拡大し、医療機関が逼迫する。
4 集団免疫強化と医療崩壊予防策をしなければ、11月以降医療崩壊の可能性
5 日本版CDCが必要
 
 結局、上久保氏は、対策を述べる段階になると、矛盾したことを言っているのがわかる。
 集団免疫獲得のために、暴露を中断してはいけないという主張の一方、G型に暴露していない人は、重症化の恐れというのだから、じゃ、G型に感染しておらず、免疫獲得していない人は、どうすればいいのか。暴露が必要であるというのと、それで感染したら、重症化というのでは、どうしたらいいのか、まったくわからないではないか。
 終息予測がはずれ、修正を重ねたことは、彼の仮説が妥当でないことを示しており、また、暴露に対する矛盾した対応策を提示していることは、現実的な政策として採用できないと考えざるをえない。
 
 素人であるので誤解もあるかも知れないが、数日調べ、考えた結果として、上久保氏の議論は妥当性を欠くと考える。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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