トランプの悪あがきがまだ続いている。盛んに不正が行われたという発信を続いているようだが、そのほとんどが根拠が全くないと言われている。ところが、日本でも、ヤフコメなどをみると、トランプ陣営が流すデマを信じきったような書き込みがたくさんみられる。フジテレビの「上席」解説委員である平井文夫氏などすら、意図的としかいいようがないジュリアーニ元ニューヨーク市長のデマをそのまま流したらしい。(朝日新聞2020.11.12)少し考えれば、まるでおかしなデマが多数みられる。
例えば、ある州では、有権者登録が住民総数よりもずっと多く、しかも、そのなかには死亡者が多数含まれていた。だから、民主党が不正投票をした、というのがある。有権者登録名簿や住民総数をきちんと把握しての発信とは、到底思えないということはさておき、有権者登録のなかに死亡者がいることは、ありうるだろう。州によって違うようだが、有権者登録は多くが一端すれば、そのまま有効なのだそうだ。引っ越しや死亡で、抹消する手続をする必要があるだろうが、それをしないまま放置されることもあるだろう。孤独死すれば、だれも抹消手続をしないかも知れない。しかし、死亡者が名簿にあるからといって、死者が選挙にいくわけではない。死者が名簿にあることを知り、その死者を装って投票するには、当然本人確認をパスしなければならない。かなり困難なはずである。そして、それが稀に可能であったとしても、民主党支持者だけがやるとも思えない。常識的に考えれば、世論調査で常に不利であったトランプ陣営のほうが、あせりがあるはずである。もちろん、共和党支持者が不正をしたなどというつもりはないが、不正があったとしても、それは双方にありうるのであって、ただちに民主党の票が不正だなどということにはならないのである。更に、アメリカには、住民登録制度が存在しないのだから、「住民数」と比較してなどということ自体が成立しないはずである。
トランプ票を大量に捨てたなどというデマもかなりみられるが、そんなことをすれば、直ちに「正式な抗議」ルートにのるはずであり、これまで出た判決でも、そんな証拠がないと棄却されているのがほとんどである。デマはいくらでも流せるが、常識ある人たちが疲れるのを待っているのだろうか。
郵便投票は無効だ、というのは、制度の問題であるから、合法的な制度である以上、難癖以外のなにものでもないだろう。郵便投票が増えたのは、コロナ禍で密な投票所にいくのを控えるためであって、ごく自然な選択である。もし制度自体が問題であるなら、共和党は多くの州で多数であり、大統領も共和党なのだから、早くから制度変更を提案して実現すればよかっただけのことだ。郵便投票無効という主張は、単にコロナはたいした問題ではない、という主張であって、それがいかに間違った姿勢であるかは、現状を見ればはっきりしている。
こういう一連のトランプの結果を認めないトランプの姿勢をみていると、トランプはアメリカを再び偉大な国家にするとか、アメリカファーストの政策をとっている、などという主張が、いかに欺瞞であるかがわかる。そもそも、アメリカ大統領は、だれだってアメリカファーストであるに決まっている。アメリカセカンドのアメリカ大統領がいたら、国民のそうすかんをくうだろう。国際協調主義は、決してアメリカセカンドではない。国際協調がアメリカの利益になるからそうするのだ。国際協調主義とは、自国の利益を最大重視しながら、他国の利益と折り合いをできるだけつけていこう、共通課題は協力してやっていこう、それが自国の利益になるという考え方なのである。
相手があれば、一方的に自国の利益だけを主張して、無理強いすると、長期的な安定を保持することはできない。だから、相互に利益を分かち合うのが、協調主義であり、持続可能性の重視なのだ。しかし、当たり前のことだが、自国の利益を第二に考えているのでは決してないのだ。
そう考えてみると、トランプのアメリカファーストは、アメリカの利益そのものも軽視していたと見ざるをえなくなる。トランプは、結局大統領になりたいという、個人的野心だけだったのではないか。もちろん、政治家になる以上、政治的な理念はあるのだろうが、しかし、それは極端に薄かったとしか思えない。もともと、トランプは共和党ではなかった。共和党から候補者になれなかったから、別の手段で立候補していたらしい。トランプが、共和党の候補者になりうるかということで、はじめて共和党の幹部と話し合いをしたときのことが、トランプ本にでているが、そのとき、中絶問題を共和党側が確認したという。トランプは、どこかで中絶に賛成だという意見を表明していたので、共和党としては、それは党の政策に反するのだが、と言うと、トランプはあっさりと「では、反対にしよう」と言ったというのである。中絶を認めるかどうかは、アメリカ社会、政治のなかで、極めて大きな争点であり、軽々しく意見表明できないはずである。それが、あっさりと、党の候補者になるためには、見解を反対側に変えてしまうというのは、政治的見解はどうでもいいということだろう。だから、これまで陽のあたらないラストベルトの白人労働者の立場を代表するというのも、そうすると、自分の支持基盤が強固になるという計算からだったのに違いない。トランプは、その出身から、貧しい白人労働者などとは、最も縁の遠い立場にあったし、経歴のなかで、彼らに同情的な行動など一切してこなかった人物だ。もちろん、結果として、彼らの立場を政治に活かそうという姿勢を示したことは、アメリカ政治史上、かなり画期的なことだったと思われる。おそらく、トランプが政治の場を去ったあとは、トランプの岩盤支持層は、トランプの後継者と、民主党のサンダース派の綱引きになるのではないだろうか。
トランプが、政治理念の実現よりは、個人的な権力志向のみだったことは、選挙敗北後の対応に現れている。もし、実現したい政治があるなら、敗北を潔く認めて、臥薪嘗胆、次の機会のための活動に邁進するはずである。
何故、このようなことをわざわざ書くのか。前に、トランプはヒトラーに似てきたと書いた。トランプにこれだけの支持者がいるということは、結果としては、岩盤支持層の利益になった部分があるのだろう。しかし、ヒトラーだって、1937年くらいまでは、ドイツの経済復興をかなりなし遂げ、国民の人気は、単なる虚像とはいえない状態だったのである。しかし、それも1939年から始まる第二次世界大戦、東欧、ソ連の征服計画実施のための準備だった。そして、重要なことは、ヒトラーは最後の最後まで、ドイツ国民がどうなろうと構わないという態度で一貫していたのである。だから、ベルリンが空襲されて、町が破壊されているのに、降伏などは絶対に考えず、ドイツは自分とともに滅びろという意識だった。トランプがとっている態度は、もちろん、そこまで酷くない。しかし、無意味な抵抗をすることで、政治が大混乱している。コロナがこれまでの最大規模の感染拡大をしているときに、トランプ政府は何もしようとしていないし、また、対応しようとするパイデンの活動を妨害している。それでも、市民社会としては動いていくのだろうが、少なくとも、アメリカ社会に責任を負わない姿勢は酷いものだ。選挙の結果に従わず、政治的混乱を引き起こしていくことは、アメリカを偉大にするという理念と、正反対であろう。