アメリカの民主主義を考える

 アメリカ大統領選は、バイデンに当確が出て、新しい段階に入ったが、今のところ、予想されたような事態に入りそうになっている。バイデンが勝利しても、トランプがそれを認めず、法廷闘争になるという予想だったが、実際にいくつかの提訴がなされ、トランプの訴えをそのまま認めた判決はでていないが、トランプ支持者が、開票所にはいって監視することを認めた判決があったようだ。いまのところ、もうひとつの予想であるトランプ支持者による暴動などは起きていないが、今後どうなるのかわからない。今この文章を書いている時間、アメリカは真夜中であり、明けると日曜日だから、そのとき支持者たちの動きがあるかも知れない。トランプは月曜日から提訴の活動に入るといっているから、そちらはもう少し先のことになるだろう。すべての開票が正式にだされるのが、いつなのかよくわからないのだが、まだ開票作業が続いている州もある。もちろん、そうした結果が明らかになれば、バイデンの圧勝に近い数値がだされるだろう。その段階までに、家族や共和党、友人たちの説得が、トランプの敗北宣言を引き出せば、平和裡の政権移行が実現するが、あくまでもトランプが居すわろうとすると、本当にどうなるか予想もつかない。制度としては、このように進行するという解説はあるが、実際に得票数が確定すれば、それで決まりになるはずだが、それに従わないのだから、どうなるかは神のみぞ知るということなるだろう。(ただし、私自身は、トランプは比較的早めに諦めるのではないかと思っている。そして、トランプを説得するのは、家族であり、娘のイバンカだろう。共和党のひとたちが受け入れるべきだという意志を表明しているから、その力にトランプが押されるわけではなく、家族がそれを受けてということになる気がする。)

 こうした事態に陥ってしまうのは、やはり、現在の制度に欠点があるからとしかいいようがない。実際にアメリカ国民の半数以上が、制度の改善を望んでいるということだから、部外者の勝手な思いということでもないだろう。前にも書いたことだが、どういう欠点があるのか。
1 住民登録制度がないので、選挙権のある人が、役所にいって有権者登録をしないといけない。今回、郵便投票は違法だと、トランプはいっているが、サインで確認などという、多少あいまいなことにならざるをえないのは、有権者登録という、日本人からすると不思議な制度も関係していると思う。日本のように、自動的に有権者が確定し、投票に必要な書類を全員に送付する、そして、その書類をもって投票所にいくから、その用紙を盗まれない限り、本人が投票していることが確定できる。郵便投票であったとしても、その書類を同封すればいい。(日本には郵便による投票はないが)有権者登録制度こそ、かつては、人種差別の道具だったのだから、立派な制度ではないのだ。他の国のように、住民登録制度に移管すべきではないだろうか。有権者登録と同じことを、一度やれば(あとは移転のときに)いいのだから、それほど大変なことではないような気がする。
2 選挙人を選ぶというシステムが、いかにも不思議に思われる。アメリカ政治の専門家がいろいろな解説しているが、さっぱりわからない。総取り方式というのが、不可解であるし、しかも、予め決められた候補者に投票しなければいけないのに、違う人に投票することもあるというのだから、また訳がわからない。バイデンの選挙人として選ばれた人が、実際に選挙人による投票で、トランプに投票するということもあるのだそうだ。このメディアが発達した段階で、なぜそんな選挙人による投票を実施する必要があるのか。この方式そのものが納得できないが、認めたとしても、選挙人の人数が確定した段階で、その総和によって当選者を決めればいいではないか。
3 選挙人方式のために、実際の得票数と選挙人獲得数の優劣が違うことが生じる点である。21世紀に当選した共和党大統領は、いずれも、得票数では民主党候補よりも少なかったのである。一般的な民主主義の感覚からすれば、そんなことはあってはならない。
 4とはしがたいが、公式の開票数に不信があるときに、簡単に訴訟を起こせるというのも、やはり納得がいかない。訴訟を起こすのは権利であるというが、そうした異論がでないようなシステムにすることのほうが大事ではないか。投票に至るプロセスもそうだが、開票についても、双方の監視員が、平等にはいって、票開票の不正がないように、監視できるシステムになっていれば、そんな異論は起きないはずである。更に、現職の大統領が、敗北したにもかかわらず、裁判闘争で時間を稼ぎ、当選者が政権移行のための準備ができないようにするというようなことが、許されるのかという疑問は拭えない。訴訟を起こすのは権利であるという解説をする人が多いし、それは間違いないのだろうが、ためにする、いやがらせの訴訟をする権利があるとは思えない。今回トランプがやろうとしている訴訟は、共和党内からも異論があり、証拠がないと思われている。トランプはウェブで、違反している証拠があったら送ってほしいと呼びかけているが、語るに落ちるというべきだろう。
 
 今日バイデンとハリスの勝利演説があった。そのなかで、ハリスは、非常に優れた演説して、重要な指摘をした。民主主義とは、あるものではなく、行動で作っていく必要があるということを強調している。これは、日本国憲法でも同様な趣旨がいわれている。とりあえず、選挙制度そのものは不備であっても、国民の合意によって決まっている方式に従って、行われたこと、そして、その結果は、不満なものであっても受け入れるのが、民主主義であろう。それを破ろうとしているトランプおよびその支持者たちに対しては、民主主義を守る行動が必要であるということだろう。それは、暴力に対して、暴力で対応するということではなく、説得ということになるのだろうが。
 
 さて、ここまで書いて、日本のこととの関連で感じたことがいくつかある。
1 バイデンが勝利した要因のひとつとして、ハリスを副大統領候補に選んだことがあると思われる。それは、ハリスがマイノリティ出身だということではなく、民主党の大統領候補選びの過程で、ハリスも立候補者の一人だったわけだが、彼女は、激しくバイデンを批判していた。そのハリスを、副大統領候補にしたということは、批判を受け入れる姿勢を、行動で示したことになる。
 総裁選に立候補しただけで、干してしまう、あるいは、自分を批判した党の重鎮の一人を選挙で蹴落とすために、対立候補をたて、その対立候補に多額の資金を与えて応援する、結果重鎮が落選し、だが、当選したほうは公職選挙法違反で逮捕される。そのことを引き起こす日本の首相とは、まるで月とスッポンという感じだ。批判を包み込む度量こそが、民主主義国家のリーダーとしては不可欠の姿勢なのだということを、改めて認識させられた。
2 日本における考察などに関しても、妙なひとたちが多い。
 例えば高橋洋一氏のyoutubeをみると、なぜトランプが日本にとって都合がいいかという問いに、「トランプは日本にひどいこと、要求などをしていない。それは専ら中国に向かっているから。」と答えている。これはふたつの点で異議がある。第一に、トランプは日本にもいろいろな要求をぶつけてきている。その代表が米軍の駐留経費だが、その他兵器や農産物の購入を迫っている。これがあまり摩擦になっていないのは、安倍首相が、唯諾々と受け入れ、アメリカのポチになっているからである。もちろん、安倍首相は、すべての点でアメリカに追随しているわけではないが、逆に、不要なものを大分買わされている。第二に、何故アメリカは中国を敵視し、日本にたいした要求をしないのか。それは、中国がアメリカの派遣を脅かしているが、日本はそうではないからだ。それは単なる姿勢の問題ではなく、基本は実力の問題なのである。1980年代に、日本がアメリカの経済を脅かしていたときには、アメリカは強烈な日本バッシングをした。また、アメリカの自動車産業よりも日本の自動車産業が強くなったときにも、そうだった。いろいろなアメリカ市民が、わざと細工したり、あるいは虚偽の申告をして、トヨタの車の欠陥で事故が起きたなどという訴訟が多数提起されたことを記憶の人も多いだろう。しかし、今のアメリカ経済の覇権は、IT関係が中心となっており、この分野では、日本はみじめなくらいに遅れている。だから、日本を叩く必要がないのだ。トランプが日本を叩かないからいいのだ、などという高橋洋一氏の主張は、頭がいい人が、社会現象を見誤っている典型だろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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