同調圧力を再生させる仕組み1

 毎日新聞に「日本の「感染者バッシング」「マスク警察」は、なぜ? コロナ禍があぶりだした「世間」の闇」と題する長文のインタビュー記事が出ている。興味深い内容であることと、若干の疑問、そして、根本的なところが欠けていると思うので、この文章を材料に考えてみたい。話し手は、「世間評論家」と称している佐藤直樹九州工業大名誉教授である。
 簡単に氏の述べている趣旨を整理しておく。

1 コロナ禍で起きている自粛警察や感染者バッシングは日本特有の現象である。犯罪加害者家族もバッシングされ、転居、自殺に追い込まれる例も同様日本特有だ。
2 そうしたバッシングは、日本社会特有の同調圧力が強化されてきた結果である。それは「法のルール」ではなく、「世間のルール」に従おうとするからだ。
3 「世間」とは、「日本人が集団になったときに生まれる力学・秩序」で、欧州では、「神と向きあう個人が誕生し、個人の集合体である「社会」が成立した。
4 「世間」には4つのルールがある。
・お返しのルール
・身分制のルール 英語ならyouとIですむが、日本では使い分け
・人間平等主義のルール 能力や才能の差を認めない。運動会の手をつないでゴール。宝くじでのあたりの相違(アメリカでは当選者がテレビに出るか、日本ではひた隠す)。出る杭は打たれる。
・呪術性のルール 病気をケガレとして、関係者も排除する。
5 同調圧力の功罪
功 世間のルールで秩序を守る。災害でも略奪が起きない。
罪 社会の閉塞感やいきづらさの要因。世界一自殺に追い詰められやすい。ジェンダーギャップ。少子化にも影響(婚外子が少ない)
6 世間は強化されている。 KY
7 どうすればよいか。空気を読んでも従わない。沸騰した空気に水を差す。ネットでは実名で発言。「個人としての行動を心がける」
 以上である。
 だいたいは同意できる内容だが、事実として疑問がいくつかあることと、そもそも、同調圧力が何故強化されたのかという再生メカニズムに触れていない点が不満である。どうしたらよいかも、個人の行動の領域でしか語っていない。著書の目次をみたが、やはり、再生メカニズムに触れているようでもないので、買うのを躊躇している。
 事実として納得できない点とはどういうことか。
 例えば、犯罪者の家族がバッシングを受けたり、転居に追い込まれるというのが、欧米ではないかのように書かれているが、程度の差はあるだろうが、欧米でもないわけではない。
 以前アメリカのドキュメント番組をみた中に、ある少年が学校で銃乱射事件を起こした。そして、家族は転居せずに、近隣のひとたちとなんとか折り合いをつけて生きていこうとする。それを、まわりも援助するようになり、子どもも学校でとけ込むことができたという内容だった。つまり、感動の物語で、佐藤氏の内容を裏付けているようにも見えるが、実は、こうした家族は例外的で、事件を家族が起こすと、ほとんどは転居してしまう、それを余儀なくされるような雰囲気がある。にもかかわらず、この家族は、その当地に在留したことが、例外的だったので、テレビ局は動向を追ったわけである。つまり、アメリカでも、重大を犯罪をした犯人の家族は、バッシングを受けるということを、逆に表わしているのではないだろうか。日本では、そうしたことまで含めて報道されるが、外国の事件で、そうしたことまで詳細に日本で紹介されることはないから、日本人には見えないという側面もあるだろう。
 また、私がオランダにいたとき、白人と移民の青年が、白昼スーパーマーケットの駐車場で、高齢者に暴言を吐いているのを注意した青年を、暴行死させる事件が起きた。そのとき、移民の青年の両親が、子どもの行為を正当化したということも理由だったが、猛烈に両親がバッシングされ、そのご移民受け入れ論議に大きな影響を与えたことがある。
 日本で同調圧力が強化されているのか、あるいは、弱体化しているのか。それは、ある意味両面で進行しているように、私にはみえる。強化されている面については、佐藤氏が述べているところだから繰り返さないが、弱体化している側面は例えばどのような例か。
 企業での、一緒の行事、飲み会、旅行、サークルなどが、確実に現象している。企業によっては、勤務外のアルバイトを容認しているところもあるから、企業での勤務以外の領域での同調を、奨励しない傾向もでているわけである。それに応じて、上司の食事を断るひとたちも、以前よりは多くなっていると、先日報道されていた。また悪い面でもあるが、災害のときの秩序は、以前とは違って、略奪なども小規模で起きていると言われている。戦前の大震災のときの朝鮮人等の虐殺にみるまでもなく、戦前の災害時には、略奪がかなりあったと書かれている。旅行先での傍若無人な振舞なども、50年くらい前までは、よく指摘されていたのである。こうした行為は、社会の平均的な所得、あるいは平等化によって、かなり変わってくるのではないだろうか。  
 佐藤氏のインタビューで最も不満なのは、同調圧力を再生するメカニズムについて触れていないことだ。江戸時代には、五人組などがあり、村人の不祥事があれば、村八分になるなどの、明らかな同調圧力が制度化されていた。また、連座制など、悪事をした犯人だけではなく、親族が同時に罰せられることなどもあった。しかし、明治以降は、さすがにそうした制度はなくなったわけだし、制度として、同調圧力を生じさせる仕組みは、存在しないといえる。では何故再生され続けているのか。そのメカニズムを明らかにしてこそ、圧力を無くすことができるわけだ。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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